ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

夢売るふたり

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  列島を寒波が襲った昨日の連休最終日、積雪で苦労された皆様には御見舞い申し上げます。当地も氷雨は降りしきるものの交通にはたいした影響もなかったので、見逃していた「夢売るふたり」を観てきました。
 当然封切のシネコンでは遠の昔に終わっておりますが、ラッキーな事に神戸市内の湊川にあるパルシネマで「夢売るふたり」「人生、いろどり」の二本立てで上映されていました。パルシネマは単館の二番館で、昔ながらの名画座の雰囲気を残しており、昔親がやっていた映画館を思い出して懐かしかったです。こういう名画座も次々と消えつつある昨今ですが、入れ替え無しで1200円とリーズナブルなお値段のせいもあってか、弁当持参客が多くほぼ満員の盛況なので驚きました。デジタル配給化への対応ができるかどうか次第でしょうけれども、今後も消えないでほしい映画館です。
 さて、「夢売るふたり」ですが、題名のほのぼのさからは程遠い、女の顔の奥に隠された暗く冷たい情念を暴いてみせた、心が震えるようなサスペンスドラマでした。「ディア・ドクター」で娯楽映画への歩み寄りを見せた西川美和監督ですが、ふたたび「ゆれる」を髣髴とさせる、後に尾を引く心理ドラマへ回帰した印象です。まだ長編4作目にもかかわらず、既に彼女の名前だけで集客できる、日本映画界の逸材ですね。

『2012年 日本映画 アスミックエース配給

原案・監督・脚本: 西川美和

キャスト:
松たか子阿部サダヲ田中麗奈鈴木砂羽安藤玉恵香川照之笑福亭鶴瓶 他

 「ゆれる」「ディア・ドクター」の西川美和監督がオリジナル脚本で描く長編第4作。

 料理人の貫也と妻の里子は東京の片隅で小料理屋を営んでいたが、調理場からの失火が原因で店が全焼。すべてを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貴也はある日、店の常連客だった玲子と再会。酔った勢いで一夜をともにする。そのことを知った里子は、夫を女たちの心の隙に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつき、店の再開資金を得るため、夫婦は共謀して詐欺を働く。しかし嘘で塗り固められた2人は、次第に歯車が狂い始めていき……。(映画.comより)』

 主人公は絵に描いたような、仲の良い善人夫婦。西川美和は当初「夫婦善哉」を念頭に置いていたとインタビューで語っています。まさにそのような、東京の片隅で小料理屋をつつましく営み、自転車二人乗りで帰宅する平凡だが幸せに満ちた毎日。自転車二人乗りでは、交番の前に来るとさっと妻が自転車を降り、通り過ぎたらまた後席に乗る、そんな巧い演出もありました。

 しかし当然、二人には不幸が襲いかかります。焼き鳥の調理からちょっと目を離した隙に火が出て店は全焼。大家はもう貸してくれず、店の再開のめどが立たない。妻は気丈に振る舞い、ラーメン屋でバイトを始めるが、夫はプライドが邪魔してどこの店でも長続きせず、次第にダメ男の本質を妻にも見せ始める。

 じっと耐えてそんな夫を励まし続けてきた妻が一変するのが、偶然の成り行きからの夫の一夜の浮気。匂いで即座に見破った後、夫が匂いを消そうと飛び込んだ風呂で妻が行う「拷問」の演出が笑えるけど凄い。西川美和の本領がいきなり発揮されています。

 そしてこのあたりから、妻を演じる松たか子の目がすわってきます。演出の巧さもあるのでしょうが、このあと全編を通して彼女はこの「」で、阿部サダヲと火花を散らすような演技勝負をしています。「告白」でもその片鱗は伺えましたが、見事な演技派になったものです。一方の阿部サダヲ、定評のある彼の演技にも文句のつけようがありませんが、二枚目でもない冴えない風貌の彼に結婚詐欺師役が適任と見抜いた監督の慧眼にも感服です。

 閑話休題、この一件で夫の思わぬ女たらしの適性を見抜いた妻は、彼を結婚詐欺師にしたてて店の再開資金を集めようと思い立ちます。有無を言わせず夫を後ろで操り、次々と成功させていき順調に資金は溜まっていきます。
 しかし、最初の一夜の浮気だけは許せなかったのでしょう、ラスト近くで彼女にだけは夫が貰って来た200万円をそっくり送り返します。このあたりの女性監督ならではの女性心理の表現、御見事です。

 一方でひっかかる女の選択も、西川美和は苛烈なまでに容赦なく行います。実際は松たか子が演じる妻がカモをチョイスするのですが、結婚適齢期を過ぎていき遅れたOL(田中麗奈)、出会い系サイトで見つけた男運の悪いソープ嬢、筋肉隆々の女子ウェイトリフティング選手等々、いかにも結婚詐欺にひっかかりそうだな、という女性を次々と登場させます。特に、ウェイトリフティングの女性に「自分は怪物みたいだから」というコンプレックスを語らせるところなど、男性監督がやったら女性蔑視とも指摘されかねないところですが、このあたり女性監督ならではの「特権」を遠慮なく利用している感がありました。

 こうして、あと一歩で新しい自分たちの店が持てる、という寸前で計画は破綻します。ストーリーとしては田中麗奈が興信所に調査を依頼して詐欺がばれるのですが、心理的にはもうそれまでに破綻していたといえます。いい加減疲れ果ててきた夫阿部サダヲが、次の目標である木村多江演じる母子家庭に心から入れ込み始め安息を感じ出したところで、こちらも女としての自分を押し殺す事に耐え切れなくなってきていた妻松たか子の怒りがついに沸点に達してしまったのです。

 この過程での表の顔と裏の顔の使い分け、自慰行為までさせて抑圧された女の情念を描く西川美和の演出とそれに応える松たか子の演技がこの映画の一番の見所でしょう。

 ばれてからのプロットがやや拙速で、バタバタとまとめすぎている感は否めなかったのが少々残念ですが、西川流夫婦善哉」は、夫が刑務所に入り、騙されていた女性たちがそれぞれに立ち直っていき、妻は逃げおおせたのか、どこか北国の港で働いている情景を描写して終わりを告げます。ある意味ハッピーエンド的な演出はそれまでの息苦しい心理戦からのカタルシスを観客にもたらしますが、それでいて釈然としないものも残します。

 例えば、ハローワークで紹介された小汚い小料理屋で松たか子がドブネズミをじっと注視していたのは何を意味していたのか、ラストシーンはどういうシチュエーションで、最後に二人が個々に見つめていたものは何だったのか、等々。観るものに判断を委ねる彼女独特の持ち味である演出は今回も健在でした。

 最後になりましたが共演陣も豪華。西川人脈の香川照之笑福亭鶴瓶安藤玉恵をはじめ、田中麗奈木村多江伊勢谷友介鈴木砂羽等の主役級俳優を惜しげもなく配置しています。人脈といえばもし先日亡くなられた中村勘三郎さんもそのお一人でした。ご健在であればおそらくチョイ役ででも出演されたでしょうね、とても残念です。

 ちなみにチョイ役の香川照之さんですが、西川美和に主役女優として松たか子を推薦したのは彼だったそうです。私の好きな田中麗奈は今回は冴えないOL役という事もあって今一つぱっとしなかったのが残念。そんな中で今回強烈な印象を残したのは純朴なウェイトリフティング選手を演じた江原由香。実際練習も積んで大会に出て準優勝までしてしまったそうで、その役作りへの執念は感嘆に値します。

 ということで、西川美和監督長編第4作目も大変見応えのある映画でしたが、彼女の作風を知らないとちょっと観るのがきつい、或いは分かりにくい点もあり、好き嫌いのはっきり分かれる作品ですね。とは言え、阿部サダヲ松たか子の演技は出色で、それだけでも観る価値はあると思います。二番館でやっていれば、或いはDVDになれば是非観ていただきたい映画です。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)