ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

小さいおうち

Chiisaiouchi

 昨年拙ブログでも紹介した「東京家族」で健在ぶりをあらためて示した山田洋次監督の新作「小さいおうち」です。ネットでも結構評判がよく気になっていた上、ベルリン映画祭黒木華(はる)が銀熊賞(主演女優賞)を受賞したという嬉しいニュースも重なり、大いに期待して観ましたが、さすが山田洋次監督、期待以上でした。

 画面の細部にまでこだわり、ワンシーンも無駄にしない折り目正しい演出と、練りに練られた脚本、山田組の映画作りは小津安二郎の完璧主義を髣髴とさせ、その上に適度な遊びも忘れない余裕。その絶妙な力の抜き加減により、私のような映画ずれした人間でも素直に涙することのできる傑作となっていました。

『 2014年 日本映画 配給:松竹

スタッフ
監督: 山田洋次
プロデューサー: 深澤宏、斎藤寛之
原作: 中島京子
脚本: 山田洋次平松恵美子

キャスト
松たか子黒木華片岡孝太郎吉岡秀隆妻夫木聡、他

 名匠・山田洋次の82作目となる監督作で、第143回直木賞を受賞した中島京子の小説を映画化。昭和11年、田舎から出てきた純真な娘・布宮タキは、東京郊外に建つモダンな赤い三角屋根の小さな家で女中として働き始める。家の主人で玩具会社に勤める平井雅樹、その妻・時子、2人の5歳になる息子の恭一とともに穏やかな日々を送っていたある日、雅樹の部下で板倉正治という青年が現れ、時子の心が板倉へと傾いていく。それから60数年後、晩年のタキが大学ノートにつづった自叙伝を読んだタキの親類・荒井健史は、それまで秘められていた真実を知る。時子役に松たか子が扮し、晩年のタキを倍賞千恵子、若き日のタキを「舟を編む」「シャニダールの花」の黒木華が演じる。

(映画.comより) 』

 奇しくも、というか、同じ太平洋戦争を扱っているだけに似てしまうのも仕方ないのか、先日観た「永遠のゼロ」と構成が酷似しています。
 葬式後の焼き場で親族が故人を偲んでいる。その故人は戦争世代で、その孫世代がその故人にまつわる真実を知ることによって、戦争がもたらした悲劇に思いを馳せる、という筋立てです。

 異なるのは「永遠のゼロ」が戦争の直接の当事者を描いたのに対して、本作は戦争時の東京の山の手の一家庭における小さな小さな事件を描いています。当時では犯罪行為とは言え、戦争とは全然関係ない悠長な物語といってしまえばそれまでです。

 それでも戦争の悲惨さは伝わってきます。以下ネタバレになりますのでご注意ください。

 主人公で山形の貧農の家から奉公に出たタキ(黒木華 - 倍賞千恵子)が女中として働いていた平井家の夫婦(片岡孝太郎松たか子)は、戦争による情勢悪化でタキが実家に戻った後、東京山の手大空襲で亡くなってしまいます。
 夫の部下で妻時子と通じる板倉正治吉岡秀隆)は出征から戻ってからも一生独身を通して生涯を閉じます。
 そして主人公タキも戦後も独身を通し、 姪孫の荒井健史(妻夫木聡)に勧められた自叙伝を書き上げた末に

「私は長く生き過ぎた」

と涙する。そのあまりにも小さな小さな罪を抱えて生きた人生の長さを思うと、涙を禁じえませんでした。

 その一方、支那事変から終戦までの時期を暗黒の時代としか認識していない健史に、決してそうではなく庶民はそれなりに明るく楽しく暮らしていたこともあったと諭すタキを通してステレオタイプ歴史教育をやんわりと批判することも忘れません。

 そしてそのタキ可愛がられ、小児麻痺からも回復させてもらった平井家の一人息子恭一(晩年:米倉斉加年)。健史が探し出した恭一は年老いて目も足も不自由になっていました。健史が見つけたタキが隠し通してきた母時子の手紙を読んでもらい、

「今になって母の不倫の確たる証拠を見る事になるとは」

と苦笑するシーンに漂う何ともいえぬもの哀しさ、健史と彼の恋人に車椅子を押してもらう海岸シーンの余韻の深さ。

 ただ、原作を知らないので、幾つかのわからない点もありました。例えば

・ タキは時子に恋していただけなのか、正治も好きだったのか?
・ 老いたタキの部屋に飾ってあった赤い屋根の家の絵は明らかに戦後画家となった正治の描いたものだが、タキは戦後正治と会ったのだろうか?
・ 恭一は時子の不倫を知っていたのだろうか?

など。それも敢えて映画作りのイロハを知悉し尽した山田監督が、抑制の美として描かなかったのかもしれません。

 さて、俳優陣。まずは何といっても山田組の練達の俳優陣に囲まれ、黒木華松たか子が見事な演技を見せていることが深く印象に残りました。もう演技派の折り紙つきの松たか子は勿論のこと、まだ新人といっても過言ではない黒木華(はる)。

 実を言うとこのブログでも「東京オアシス」「おおかみ子供の雨と雪(雨の声役)」「草原の椅子」「舟を編む」と度々彼女の出演する映画をレビューしています。
 確かに気になる存在ではあったのですが、「舟を編む」で好演していたのが印象に残っている程度でした。それが堂々の主演で、ベルリン映画祭でのこのたびの受賞。「東京家族」の蒼井優といい、良い素材は山田洋次監督の演出・演技指導で見事に輝きますね。

 山田組では、やはりなんといっても倍賞千恵子。齢を重ね、もう泣かせるのも笑わせるのも自由自在。山田監督も彼女には万全の信頼を置いていることが窺えます。
 そして橋爪功吉行和子が「東京家族」に次いでまた夫婦役をやっているのには苦笑しましたが、相変わらずうまいです。
 妻夫木聡君も「東京家族」に次いでの連続登場となりますが、すっかり溶け込んで好演しています。「永遠のゼロ」で同じような役柄の三浦春馬君がぱっとしなかったのに比べると対照的で、こういうところも監督の演出の腕なのかな?なんて思いで観ていました。
 チョイ役の中島朋子林家正蔵などもいい味を出していましたし、たくまざるユーモアをちょっと挟み込むあたりの演出は山田監督得意の熟練の技ですね。

 吉岡秀隆君にも言及しないといけないんですが、私個人的に肌のあわない俳優さんというのが何人かいて、彼もその一人なんです。どういうわけか正直彼は苦手なんですよね。まあ、今回は山田監督の堅実な演出に助けられて無難に役柄をこなしていました。

 山田洋次監督は今の安部首相をはじめとする日本の政治家が殆ど戦後世代になっていることに警鐘を鳴らしたいと語っていますが、「永遠のゼロ」と同じくそういう意図で映画を撮ることには賛否両論があるでしょう。しかし結果として静かに戦争の悲劇を描く好作品となっており、「永遠のゼロ」よりは左右を問わず受け入れられる作品となっていると思います。

 昔生意気な盛りには松竹を商業主義的作品で支えていた山田洋次監督になんとなく反感を抱いていたこともありましたが、「東京家族」「小さなおうち」と立て続けにこうも見事な作品を観せられると完全に脱帽です。もう、家族映画の巨匠小津安二郎に引けをとらない境地に立っているように思います。未見の方は是非どうぞ。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)