ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

水に似た感情 / 中島らも

 もう一題は故中島らもさんのバリ紀行。といってもらもさんですからただの紀行小説ですむわけがありません。以前読んだ記憶があり、今回バリから帰ってきてから無性に読みたくなり、探しまくっていたのですが見つからず、結局もう一回買うハメになりました。

水に似た感情
水に似た感情

人気作家・モンクは友人のミュージシャンたちとテレビの取材でバリ島を訪れる。撮影はスタートするが、モンク自身の躁鬱と、スタッフの不手際や不協和音に悩むが、呪術師を取材し超常現象を体験した後、モンクも落ち着きスタッフもまとまる。帰国したモンクは親しい友人たちを誘い再びバリを訪れるのだが。リアルに迫りくる幻想体験を通じ、なぜか読むほどに心安らぐ小説。 (AMAZON解説より)

 

 アルコール依存症に端を発した躁鬱病の赤裸々な描写がバリと日本を舞台に展開される、まあ言ってみれば壮大な闘病記録です。正直なところ現実には一番お会いしたくないタイプの患者さんなのですが、さすがにらもさん、薀蓄と筆力でぐいぐい読ませます。この病気に関しては専門ではないのですが、文中のいたるところにちりばめてある症状の発露が興味深く、それとバリの濃厚な神秘の雰囲気が妙に巧くブレンドされ、類い稀な紀行文と化しています。

 もちろん現実にらもさんはチチ松村さん等とバリを訪れておられるわけで、本人もこれは「ノンフィクションである」と文庫版あとがきに書いておられます。そのバリの描写は、行ってきたばかりだったのでやっぱり何か懐かしいものがありました。また、らもさんも「地球の歩き方」を読んでたんだなあと思うと妙におかしくなりました。

 これを読んだあと、ブサキ寺院へ行けなかったこと、ジェゴグの演奏を聴けなかったことはやっぱり残念だったなあとちょっぴり後悔しています。ただ、ジェゴグはガイドブックにも書いてありましたが、現地の人はあまり知らないようでスカちゃんもあまり知らないようでした。文中に出てくるスウェントラ氏は「地球の歩き方」にも載っている実在の人物でいらっしゃいますが、海外での評価の方が圧倒的に高いそうです。

 まあ、万人におすすめできる本ではないですし、らもさん自身がこの文庫版あとがきで

本書は『噂の真相』に「小説の体をなしていない」と酷評された。それはまことにその通りで、万人向けの小説の文法にのっとって書かれていない。躁病の意識の許に書かれている。

と、断りを入れておられます。私などは、これが小説の体をなしていないなら別に体をなしている小説など読みたくもない、と思ってしまう口ですが、ここはらもさんのおっしゃるとおり、こわいもの見たさ、物珍しさ、で読んでみたければどうぞ、と申し上げておきます。
 もうひとつ、らもさんは「バリへ行かれるのなら、ビーチと買い物だけで満足せずバリのディープなところまで入り込んでほしい」と勧められていますが、これにはかなりの覚悟が必要です、と申し上げておきましょう。