ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

10 Years Solo Live / Brad Mehldau

  10 Years Solo Live

  去年はThomas Enhcoのピアノソロ「Feathers」が一番のヘビロテになりましたが、最近のヘビーローテーションはこのソロアルバム。
 昨年末に出たブラッド・メルドーの「10 Years Solo Live」です。その名の通り質量ともにとんでもないスケールです。なんと4枚組のCDで計300分あります。彼自身の22ページにもわたる長大なライナーノートによると、10年間のヨーロッパでの40のソロコンサートを彼自身が聴き直し、そのうち19のコンサートから32曲を選び出したそうで、一枚ごとにテーマを決めて考え抜かれた配曲となっています。 

 ですから本当はDisc1からDisc4まで、彼の解説を読みつつ、通しで聴くべきなのですが、年末年始と忙しく、また、オーディオ機器の入れ替えなどがあったものですから、とてもそんな暇はありませんでした。しかし、どの曲をピックアップしても素晴らしく、とにかく暇さえあれば流し続けていました。

 今回、ジムの定休日の昼間にようやく時間が取れ、腰を落ち着けてじっくりと聴いてみました。一言、とんでもなくいい。流麗なメロディライン、闊達なリズム感とタイム感覚、ジャズはもちろんポップ・ロック(ビートルズはもとよりニルヴァーナからピンク・フロイドまで!)、からクラシック(ブラームス)まで幅広い選曲自由なイマジネーションと類まれな集中力、いずれをとっても感嘆するしかありません。もちろん彼が素晴らしいジャズピアニストであることは十分認識していたつもりでしたが、これだけのソロライブをやっていたとは不覚にも知りませんでした。

 彼はひょっとしたらキース・ジャレットに比肩しうるほどの天才ではないのか、と思わせる一枚です。

 Nonesuchレーベルですから録音も良好、箱もきれいですし、マイケル・ウィルソンによる白黒写真でとらえたメルドーの表情がまた素晴らしいです。ちなみに日本版はSHM-CDだそうですが、未聴です。とりあえず私には輸入盤の音質で十分スタインウェイが鳴っていると思いますし、メルドーのタッチも鮮やかにとらえられていると思います。

Bradmehldau10yearssolo

 では困難ではありますが、一枚一枚解説とインプレをしてみましょう。

Disc 1: DARK/LIGHT
1: Dream Brother
2: Blackbird
3: Jigsaw Falling Into Place
4: Meditation I - Load Watch Over Me
5: And I Love Her
6: My Favorite Things
7: This Here

 Disc1のテーマは光と闇をエモーショナルに際立たせること、だそうです。冒頭の「Dream Brother」は、若くして亡くなったシンガーソングライター、ジェフ・バクリーの作品で、闇(G-minor)のエネルギーを表現。耽美的なピアノ演奏にいきなり彼の世界に引き込んでいきます。
 二曲目はビートルズのお馴染み「ブラックバード」こちらはG-majorで一転してLightサイド、軽やかなメロディにほっこり。
 同じビートルズの「And I Love Her」が五曲目に収録されていますが、これが素晴らしい。最初美しく優美な旋律が奏でられうっとりとしていると、徐々に演奏は熱を帯び華麗なインプロに。このDiscのハイライトの一つでしょう。

 三曲目の「Jigsaw Falling Into Place」はRadioheadトム・ヨークの作品「Jigsaw」から着想を得ているとてもユニークな作品。エクスタシーの中に潜む恐怖を表現したかったとのこと。

Disc2 THE CONCERT
1: Smells Like Teen Spirit
2: Waltz for J.B.
3: Get Happy
4: I'm Old Fashioned
5: Teardrop
6: Holland
7: Meditation II - Loe Meditation
8: Knives Out

 Disc2は「The Concert」、異なったコンサートから採択しているけれど、CD一枚を通して2011-12年に行ったソロコンサートと同様のコンサートとして構成したとのことです。

 一曲目はなんとNirvanaの「Smells Like Teen Spirit」、ロックファンにはおなじみの旋律が奏でられ、徐々にヒートアップし興奮に満ちたクライマックスへと昇り詰めていくさまが見事。
 二曲目の「Waltz for J.B」のJBとはティルチューズデイのギタリストJon Brionのことだそうです。彼の交流の幅の広さがうかがえます。
 三曲目「Get Happy」はスタンダードですが、なんと12分にわたる闊達で自在な解釈で全く新しくスタンダードを生まれ変わらせた印象。そしてそれに続けて美しすぎて惚れ惚れと聴き惚れてしまう四曲目「I'm Old Fashioned」は5分程度で短く終わる。これは彼がライブでも意識的に行っている緩急だそうで、考え抜かれた構成なんですね。それにしてもこの曲は美の極致のような演奏でこのDiscの白眉でしょう。

 最後の「Knives Out」は、Radioheadの曲。ジャズとかロックとかのジャンル分けが無意味に思えてくるような雄大なスケールを持ったフリーインプロビゼーションに脱帽です。

Disc3 INTERMEZZO / RUCKBLICK
1:Lost Chords
2: Countdown
3: On The  Streeet Where You Live
4: Think Of One
5: Zingaro / Paris
6: John Boy
7: Brahms: Intermezzo in B-flat major,Op76:No.4
8: Junk
9: Los Angeles II
10: Monk's Mood
11: Knives Out

 Disc3は「Intermezzo / Ruckblick」と名付けられています。もちろんクラシック用語で七曲目のブラームスインテルメッツォを意識していますが、Discのテーマとしては4枚続く中での「間奏曲」的な位置付けだそうです。
 そのブラームス間奏曲Op76-4のクラシック的な技法をわきまえた演奏から、またまたマッカートニーの「Junk」へのブリッジがこのDisc3の中でも特に印象的です。
 一方メルドーのオリジナルも素晴らしい。ブラームスの前の「John Boy」、一曲目の「Lost Chords」ともに彼のオリジナルですが、自由自在な発想の中にメルドー特有の美学を感じる演奏。五曲目のアントニオ・カルロス・ジョビンとメルドーのオリジナルを組み合わせた5曲目「Zingaro/Paris」も素晴らしい、としか形容しようがなくて、自分の語彙の乏しさが悲しくなるほど。

 そしてこのDiscもまた「The Knives」で終わります。


Disc4 E MINOR / E MAJOR
1: Le Memoire er la Mer
2: Bittersweet Symphony / Waterloo Sunset
3: Brahms: Intermezzo in E-minor, Op119
4: Interstate Love Song
5: Hey You
6: God Only Knows
Disc4は「E Minor / E Major」。

 最終Disc4のテーマはE-MinorとE-Majorの「Rub」、せめぎ合いといったところでしょうか?最後に再び一枚目の「光/闇」というテーマに回帰するのだ、とも語っています。

  一曲目は「La Memoire et la Mer」(海の記憶)はフランス人シンガーソングライターLeo Ferreの作品だそうですが、孤独メランコリーをテーマにE-Minorで始まり、最後はより暗いC-MInorで終わるとても耽美的で旋律の印象的な作品です。
 二曲目は一転してE-MajorではじまるThe Verveの「Bittersweet Symphony」とキンクスの名曲「ウォータルー・サンセット」のメドレー。キースばりの長大で執拗なソロインプロの後のウォータルーの軽やかな旋律が緊張と緩和の妙をもたらしています。

 

 五曲目にはなんとピンク・フロイドの「Hey You」が。この曲を演奏したのは初めてだったそうですが、最初は丁寧に旋律を追っていき、次第に壮大な展開をみせるのは、あの「The Wall」の中の短曲だとは思えないほどです。 

 そしてこのDiscの、そしてこの4枚組の掉尾を飾るのはビーチボーイズの「God Only Knows」。やはりパターンは同じで丁寧旋律を追う序盤、中盤からは徐々に盛り上げ、最後には壮絶な展開に持っていくパフォーマンスはライブならではなんでしょう。これはウィーンでの録音だそうですが、ここにいたかったなあと思いますね。 

 最後に、なぜライブレコーディングなのか(Why a live recording?)
彼はこう述べています。キャリアと年齢を重ねてきて、より一層自身により良い演奏をできるようにプレッシャーをかけている。それには常に自己反省と再評価をすることが重要だ。しかし自分の基準だけで考えていてはいけない。自分の演奏が好きな人もいれば反感を持つ人もいるだろう。それでも演奏家にとっては観客がすべてなのだ、だから観客に忠実であること、それが音楽家の使命なのだ、と。

 

We acutually have no choice except to be truthful as musicians. 

 そして長大なライナーノートの最後はこう締めくくられています。

  Once again, I thank you to the listener, for your trust in my musical offering here, and I hope that it brings you satisfaction upon repeated listening.