ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

TOKYO ADAGIO / Charlie Haden and Gonzalo Rubalcaba

Tokyo Adagio

  久々のジャズ盤紹介です。これもまた追悼盤と言えましょうか、昨年惜しくも亡くなった名ベーシスト、チャーリー・ヘイデンキューバ出身の天才ピアニスト、ゴンザロ・ルバルカバが2005年3月にBlue Note Tokyoで行ったライヴを収録したアルバム「TOKYO ADAGIO」です。

 もちろんヘイデンには多くの傑作アルバムがありますが、昨年紹介した追悼盤「CHARLIE HADEN -JIM HALL」、、キース・ジャレットとの「Jasmine」「Last Dance」などを聴いても分かるように、ヘイデンはデュオの名手でもありました。今回のライナーノートを読むと、自らを

An Adagio Guy

と呼んでいたそうで、デュオでのバラード演奏はオハコだったんでしょうね。

 そして彼の偉大な功績は、数多くの若い才能あるミュージシャンを発掘して育て上げたことで、ゴンザロ・ルバルカバはその代表的なピアニストの一人でしょう。

 本作に寄せてルバルカバがライナーノートを書いたNed Subletteに語ったところによりますと、1986年にヘイデンがキューバのジャズ祭にLiberation Music Orchestraで参加した際、当時23歳だったルバルカバのバンドの演奏を聴きその翌日に会いたいと連絡があり、2-3時間セッションをし、ヘイデンはそのデモテープをアメリカに持ち帰ってブルーノートのCEOブルース・ランドヴァルに渡し、

ブルース、これを聴いて欲しいんだ、そしてこの若者とさっさと契約すべきだよ、やつはキューバにいるんだけどね

と勧め、あれよあれよという間に英語が全くしゃべれないルバルカバはアメリカに渡ることになったそうです。ヘイデンのインスピレーションが正解だったことはその後の彼の大成功で明らかです。

 この二人を核にしてジョー・ロバーノパット・メセニー、そしてキューバの名だたるミュージシャンが参加した傑作「Nocturne」が2001年に大ヒットして、3年後には 「Land of the Sun」も作られています。私も「ノクターン」は大好きでよく聴きました。

 今回のアルバムはその頃の二人での来日公演の際の録音で、ジム・ホールとのアルバムと同様に新生インパルス・レーベルが発表したものです。上記二作からも3曲が演奏されており、その瑞々しく美しい演奏にはため息が出るばかりです。

Gonzalo Rubalcaba (p)
Charlie Haden (b)

Recorded Live at Blue Note Tokyo, Japan on March 16th to March 19th, 2005.

01. En La Orilla Del Mundo  (At The Edge Of The World)
02. My Love And I   
03. When Will The Blues Leave   
04. Sandino   
05. Solamente Una Vez (You Belong To My Heart)
06. Transparence

 一曲目は「ノクターン」一曲目の「En La Orilla Del Mundo」です。ルバルカバが静かな前奏に続いてあの哀愁に満ちた美しい旋律(ノクターンではジョー・ロバーノがテナーサックスで演奏していました)を弾き始めた途端、鳥肌が立ちました。ルバルカバの一音一音をかみしめるような端整な演奏、ヘイデン独特のグルーブ感が心地よいサポート、最後は再び主旋律を静かに弾き終えて曲が終了。思いはもうただ一つ、この演奏を

生で聴きたかった

それだけです。当時は大阪にもブルーノートがありましたから、ひょっとしたら大阪にも来ていたかもしれません。私はルバルカバが自身のトリオで来日した公演を大阪ブルーノートで聴いたことがあり、もちろんその演奏も素晴らしかったですが、この演奏はもう素晴らし過ぎてため息しか出てきません。

 二曲目「My Love And I 」はMercer/Raskinのスタンダード曲。「An Adagio Guy」ヘイデンのアダージオ(遅めのテンポ)でのしっとりとしたベースプレイが印象的で、それに寄り添うルバルカバも遅めのテンポで美しいメロディラインを弾いています。

 ルバルカバといえば「超絶テクニック」が強調されがちですが、一音一音をきっちりと打鍵し芯のある音を紡ぎだし、どんな高速パッセージやレガートでも決して安易に流さないところが彼の真の持ち味だと思っています。そういう意味ではこの曲はアダージョ曲でテクニックをひけらかすようなところが特に無い曲ですが、彼の演奏の真の魅力を堪能できる曲であると思います。

 三曲目「When Will The Blues Leave」はオーネット・コールマンの初リーダー作1958年の「Somethin' Else!!!!」からの選曲。序盤でヘイデンの長いソロがあるところからして、コールマンを尊敬するヘイデンの選曲ではないかと思われます。ルバルカバの堅実なサポートについてはライナーを書いているNed Subletteも「virtuopsic sense of timekeeping」と絶賛しています。

 四曲目「Sandino」のサンディノとは、有名な「サンディニスタ」の語源にもなったニカラグアの革命家アウグスト・セサル・サンディノのことで、ヘイデンが彼を追悼したオリジナル曲です。と言うと激しい曲をイメージしてしまいがちですが、他曲よりはアップテンポであるもののルバルカバの奏でるメロディラインはとても美しく、演奏時間は6分弱と他の曲よりは短いですが印象的なバラードです。

 五曲目「Solamente Una Vez」はアルバム「「Land of the Sun」からの選曲。この曲のルバルカバーヘイデンールバルカバのメインとバックの受け渡しの仕方がとても自然で、これぞデュオの真髄、という演奏です。今までちょっとわざとらしかった曲後の拍手も自然でした(笑。

 そして終曲は再び「ノクターン」からルバルカバのオリジナル「Transparence」。文字通り透明感溢れるルバルカバのピアノ演奏は美の極致。ヘイデンのサポートもここでは控えめであくまでサポートに徹しています。その音量とテンポのとり方がとても繊細でピアノソロだけでは決して得られない味わいがあり、これもデュオの一つの理想形であると思います。

 10年前の音源を今頃とか、追悼盤商売とか、日本人好みのバラード集であるとか、そういう余念なしに是非聴いていただきたいアルバムです。