ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

《雨の歌》ライブ / 庄司紗矢香&メナヘム・プレスラー

雨の歌 LIVE モーツァルト・シューベルト・ブラームス

 先日拙宅のオフ会に来ていただいたmerryさんがファイルウェブ庄司紗矢香さんのコンサートを絶賛されておられ、なんとヒラリー派から庄司派に寝返るとまで宣言されてしまいました。そのスレの中で、merryさんが書かれていることには、庄司さんが

「 昨年共演した方の影響で、分析したものをいかに自然体でできるかを強く意識し、少しずつ削っていく事をわかり始めた気がします。 」

「きっかけは共に昨年の出来事。1つはメナヒム・プレスラー、もう1つは宮田まゆみさんとの共演」

とプログラムに書かれていたそうです。メナヘム・プレスラーさんは元ボザール・トリオのピアニストで、確かに室内楽の大家で、熱心な教育家でもあられますが、なんと御歳90歳!庄司さんから見れば祖父あるいは曽祖父といった感じです。どんな共演だったのだろうと探してみるとなんとそのコンサートのライブ盤が出ているではありませんか!早速購入いたしました、題して「《雨の歌》ライブ」です。

録音:

2014年4月10日 サントリーホール
2014年4月12日 鎌倉芸術館

庄司紗矢香: Vn: 1729年製ストラディヴァリウス"レカミエ(Recamier)"
メヘナム・プレスラー: Piano

モーツァルト
1. ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454 第1楽章:Largo-Allegro
2. ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454 第2楽章:Andante
3. ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.454 第3楽章:Allegretto
シューベルト
4. ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 第1楽章:Allegro moderato
5. ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 第2楽章:Scherzo.Presto
6. ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 第3楽章:Andantino
7. ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 第4楽章:Allegro vivace
ブラームス
8. ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 ≪雨の歌≫ 第1楽章:Vivace ma non troppo
9. ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 ≪雨の歌≫ 第2楽章:Adagio
10. ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 ≪雨の歌≫ 第3楽章:Allegro molto moderato
アンコール:
ドビュッシー
11. 亜麻色の髪の乙女

『 ヴァイオリニスト庄司紗矢香が共演を熱望したリビング・レジェンド、メナヘム・プレスラーとのデュオ・リサイタルのライヴ録音盤。1955年創設以来2008年の解散までボザール・トリオで活躍したピアニスト、メナヘム・プレスラー90歳と繰り広げた、60歳差奇跡のコラボレーション!2014年4月、東京・サントリーホール/鎌倉・鎌倉芸術館にて録音。 (AMAZON解説より) 』

  一曲目のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ イ長調K454です。「庄司紗矢香が一番共演したかった」という売り文句のプレスラーさん、御年90歳にして果たして庄司さんに対応できるほど指が動くのか?

 これが驚いたことにちゃんと動くどころか、なんと軽やかなタッチ!次々と転がるように音粒がピアノからこぼれだしていく感じです。さすがに力強さは無くデュナーミクは効きませんが、決してヴァイオリンの伴奏に徹しているわけではなく、ちゃんと自己主張すべきところはしておられます。そのあたり、逆に庄司さんが”自然体で引くべきところは引く”ということを体得されたという逆証かもしれませんね。

 とはいえ、お二人が有機的に絡み合い素晴らしい演奏を繰り広げているかと言うと、う~ん、普通だなあ、というベタな印象。一言で言うといかにもモーツァルトで明るく楽しい演奏なのですが、率直にいって特別印象に残る共演とも思えず、まだ双方が手探りなのでしょうか。しかしライナーには「十分にリハーサルを重ねた」とあります。まあこんなもんかな、という印象でそれ程盛り上がることもなく終わってしまいました。 

 しかしその印象はシューベルトヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574 に入って一変します。

 第一楽章アレグロモデラート、庄司さんのストラディヴァリ・レカミエがとてもよく鳴っています。庄司さんがレカミエを評して曰くの「深くて甘美な音色」です。そしてそれにプレスラーさんのピアノが、付いては離れ付いては離れの自在で有機的な反応をされます。二人が本当に活き活きとして楽しんでいる感じが本当に良く伝わってきます。
 第二楽章に入ってプレストのスケルツォでの庄司さんのテクニックは言う事なし。若手の頃からその技巧は折り紙つきでしたが、本当に作曲家の意図するところを汲み上げて「歌う」ということを体得された感がありますね。
 第三楽章のアンダンティーノを経て最終楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ。プレスラーさんんのピアノの主題提示に、緩急自在の見事な対応をされる庄司さん、息を呑む思いでした。

 それにしてもこの曲をシューベルトが書いたのがなんと20歳の時と言いますから、彼もモーツァルトに負けず劣らずの天才だったのですね。

 そして三曲目は、どちらかと言うと晩成型の自らに厳しかった秀才ブラームスヴァイオリンソナタ0p78ブラームスは三曲ヴァイオリンソナタを書いているそうですが、その第一番で46歳の時の作品。3年前に念願の交響曲第一番を完成させて脂の乗り切っていた頃の作品です。

 さすがにアルバムに「雨の歌ライブ」と題することだけの事はあり、この曲に至って二人の演奏は最高潮に達します。
 第一楽章のヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポでは完全に一体となり、まるで楽譜を離れて自由闊達なデュオ演奏を二人で楽しむが如くの演奏を展開しながらも、ブラームス特有の哀愁を十分に表現しています。
 そして第二楽章のアダージョにおける美しい旋律を奏でる庄司さんのヴァイオリンはこのアルバムの白眉でしょう。
 そして第三楽章は「雨の歌」と称される如く、クララ・シューマンが愛したと言われるブラームス自作の歌曲「雨の歌」の旋律をモチーフとした楽章です。庄司さんのヴァイオリンもさることながら、プレスラーさんのピアノが長い旋律を実に流麗に流れるように奏でており、主役は私だよ、と主張しているようでさえあります。庄司さんも譲るところは譲りつつも聴かせるところはしっかりと聴かせ、そして最後に二人の音が消え入るように途絶える一瞬が本当に素晴らしい。その一瞬の静寂の余韻を残してからの盛大な拍手。ブラヴォー!です。

 アンコールはドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」。当然本来はピアノ曲ですが主旋律は庄司さんが演奏。ライナーを見ると1800年代にアーサー・ハルトマンが編曲したスコアだそうです。当然ながらプレスラーさんも途中から主旋律を諸所で演奏されています。

 というわけで実に良いライブ録音でした。個人的には二人の演奏を楽しむならシューベルト、曲の完成度を堪能するならブラームス、という感じでした。
 音質もユニバーサルミュージック傘下に入ったもののドイツグラモフォンのイエローレーベルの刻印はちゃんと残っており、いかにもな正統派の録音です。SHM-CDはクリアではあるけれど硬質な音というイメージがありますが、プレスラーさんのどちらかと言えば弱めの柔らかいピアノのタッチをある程度くっきりと表現するには良かったのではないかなと思います。

 ということで私も庄司派に乗り換えるか、というと、うーん、とりあえず産休明けのヒラリーさんのヴィヨームの音色と演奏を聴いてからということで。でも庄司さんの魅力も十分に堪能させていただきました。もう「早熟の天才」とか「コンクール総なめ」とかの肩書は過去のものですね。今後の活躍を楽しみにしています。