ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ブリッジ・オブ・スパイ

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 見たい映画はいっぱいあるのにいけない、そんな1月でしたがこれだけは見なくてはと思っていた「ブリッジ・オブ・スパイ」がもうすぐ当地でのロードショーが終わってしまうと知り、急いで観てきました。

 スポーツクラブの映画友達からも「あれだけは見てくださいよ」と言われていたのですがまさにその通り、実に渋くて静かに深く感動させるスパイ映画でした。アメリカ側のスパイの扱いとソ連、東独のスパイの扱いの違いには身贔屓を感じさせるものの、実話を元にしているだけに説得力はありました。

 同世代で80年代には並び称されたジョージ・ルーカススター・ウォーズから手を引いたのとは対照的に、今だ衰えぬスティーブン・スピルバーグの映画製作への熱意と手腕、マット・シャルマンが持ち込んだオリジナル脚本を実に上質なスパイ映画に仕立てたコーエン兄弟スピルバーグとは相性抜群でさすがの演技力を見せるトム・ハンクスと、アカデミー賞常連組の実力はやはりすごいものがありました。

 が、、、今回最も印象に残ったのは、待ち受けているものがどんな運命であろうと祖国への道義と信念を貫く老ソ連スパイを演じたマーク・ライランスの演技。
 普通トム・ハンクスが出てくると、彼の演技だけが目立ってしまい周囲が全て脇役に回ってしまいがちになるのですが、今回は違いました。マーク・ライランスの静かで重厚な演技により、トム・ハンクスが突出することなく、お互いが共鳴しあって映画の質をより高めていました。今回は彼こそが映画中で訥々と語る「Standing Man」に相応しいと思いました。アカデミー助演男優賞にノミネートされているそうですが、彼がオスカーを獲っても全く不思議ではないですね。(追記: 見事受賞されました、おめでとうございます。)

『 原題: Bridge of Spies
2015年 アメリカ映画 配給:20世紀フォックス

スタッフ
監督: スティーブン・スピルバーグ
脚本: マット・シャルマン、イーサン・コーエンジョエル・コーエン
撮影: ヤヌス・カミンスキー
美術: アダム・ストックハウゼン
音楽: トーマス・ニューマン

キャスト: 
トム・ハンクスマーク・ライランス、スコット・シェパード、エイミー・ライアンセバスチャン・コッホ 他

スティーブン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演、ジョエル&イーサン・コーエン脚本と、いずれもアカデミー賞受賞歴のあるハリウッド最高峰の才能が結集し、1950~60年代の米ソ冷戦下で起こった実話を描いたサスペンスドラマ。保険の分野で着実にキャリアを積み重ねてきた弁護士ジェームズ・ドノバンは、ソ連のスパイとしてFBIに逮捕されたルドルフ・アベルの弁護を依頼される。敵国の人間を弁護することに周囲から非難を浴びせられても、弁護士としての職務を果たそうとするドノバンと、祖国への忠義を貫くアベル。2人の間には、次第に互いに対する理解や尊敬の念が芽生えていく。死刑が確実と思われたアベルは、ドノバンの弁護で懲役30年となり、裁判は終わるが、それから5年後、ソ連を偵察飛行中だったアメリカ人パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズが、ソ連に捕らえられる事態が発生。両国はアベルパワーズの交換を画策し、ドノバンはその交渉役という大役を任じられる。

(映画.com 解説より)』

  1950年代といえば東西冷戦時代、CIAKGBが熾烈なスパイ合戦を繰り広げていた頃です。映画はNY近郊の下町ブルックリンの安アパートで老齢に達した画家アデル(マーク・ライランスが自画像を描いているところから始まります。鳴り響く電話。しばらくして彼は電話に出ますが何も話しません。出かけるアデル。FBIが彼を追いますが地下鉄で上手くまかれます。

 次のシーンではアデルは河岸で絵を描いていますが座っているベンチの下に貼り付けてあるコインを何気ない動作で手に入れます。部屋に帰ってからのそのコインのしかけを外し暗号を取り出す様は明らかに彼がスパイであることを意味しています。コインの細工はその後逆にアメリカ側も用いますので効果的な演出です。

 そこから丁々発止のFBIとの出し抜きあいが始まれば普通のスパイアクションなのですが、そうはなりません。彼はFBIの急襲によりあっけなく逮捕されてしまいます。コインの中の暗号は巧妙に隠滅しますが。。。

 法治国家であることをあえて誇示するためにスパイに弁護士をつけて裁判を進めようとするアメリカ合衆国。その標的にされた弁護士は、なんと保険が専門のドノヴァン(トム・ハンクスでした。
 もちろん国家も頼まれた弁護士事務所もうわべを繕ってから死刑を宣告してしまえば国民も世界も納得する、という程度の腹積もりです。当然ドノヴァン本人も、ニュルンベルグ裁判にはかかわった経歴はあるものの、今は幸せな家庭をもち保険担当で悠々と暮らしていける身分ですから最初はやる気などありません。

 しかし決して屈することなく情報提供を拒み、彼なりの道義と忠誠を貫く老アデルにいつしか奇妙な友情を感じ始めたドノヴァン。アデルが話すいくら殴られても立ち上がり続ける「Standing Man」のエピソードが最後に活きてきます。

 積極的に弁護しだしたドノヴァンに強い拒否感を示す判事や検事。当然ながら事務所も家族もそしてマスコミ、国民も。四面楚歌の中、彼は判事に

「生かしておけば、将来アメリカ側のスパイがソ連に捕まった時に交換要員として使える。死刑の判例を出してしまえば、これからも交換要員は作れない」

と、彼の得意分野である保険になぞらえたアイデアを判事に吹き込みます。まさか、その五年後にそれが現実になると露も思わずに。。。ミスターCIAダレス長官がただの民間弁護士である彼に依頼してくるあたりはニヤリとする展開。

 ソ連に捕まった秘密偵察機のパイロット、ベルリンの壁が築かれる際に東独側に取り残された学生。アメリカはパイロットだけが大事。しかし彼のアシスタントと同い年の学生も救いたいドノヴァン。ソ連と東独という当時は恐怖国家であった二つの国と敵側の東ベルリンで交渉を行うことになった彼を待ち受けていた運命は、そして東独の凍てついたグリーニッケ橋の上での人質交換は成功するのか?

 印象的なシーンが二つあります。

その一つはグリニッケ橋の上でドノヴァンとアデルが向こう側の人質を待つ場面。
 東独に戻れたとしてあなたは無事でいられるのか、と尋ねるドノヴァン。アデルは答えます。

「向こうに行って抱擁が待っていれば大丈夫、車の後ろに乗せられるだけなら恐らくは。。。」

 そしてパイロットは約束通り連れてこられたものの、別の場所で開放される筈の学生が来ない。苛立つCIAはアデルにもういいから行けと説得しますが、それでも彼は「待つ」ことを選びます。ドノヴァンに「Standing Man」をみたから彼を信用する、と。

もう一つは列車の車窓からの風景。
 ドノヴァンが東ベルリンから西ベルリンへ帰る途中の車窓から見たものはベルリンの壁を越えようとして射殺される三人の若者。そしてすべてが終わって自宅のベッドへ倒れこんだ翌日、通勤の車窓から見たものはフェンスを越えて遊びに興じる子どもたち。
 ドノヴァンの脳裏にはあのベルリンの壁の情景が去来していたに違いありません。車窓の外から撮ったトム・ハンクスの表情はさすが、と思わせるものでした。

 以上スピルバーグの演出、コーエン兄弟の脚本、トム・ハンクスマーク・ライランスの見事な演技、と三拍子揃ったハリウッドの実力もさることながら、私の好きなポール・オースターが好んで書く1950年代の雑然としたブルックリンの町の情景、それとは対照的な彩度の低い色彩で写し取った冬の荒涼たるベルリンの情景を見事に描き分けたヤヌス・カミンスキーのカメラワーク、体調不良でスピルバーグとのコンビを降りたジョン・ウィリアムスに代わって音楽を担当したトーマス・ニューマンの音楽も見事。特にあの時代のラジオから流れるノイズ混じりのショスタコヴィッチ交響曲2番は上手い演出でしたね。

 どうしてもアメリカ寄りのストーリーになってしまうこと、弁護士と老スパイの共感と友情が深まっていく経緯をもう少し丁寧に描いて欲しかったこと、ドイツ語とロシア語に字幕が無かったことがちょっと残念ではありましたが、とにかく見ごたえのある映画でした。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)