ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

行人 / 夏目漱石 (上) 前三章「友達」「兄」「帰ってから」

行人

 後期三部作の第二作「行人こうじん)」です。いよいよ漱石大全読破プロジェクト胸突き八丁に差し掛かりました。というのも本作が漱石の大小説群の中でも群を抜く傑作だと思っているからです。否、「傑作」と言ってしまえば「ああそうですか」で終ってしまいます。漱石がもがき苦しみ抜き、「考えて考えて考え抜いて血と涙で(終章「塵労」より)」書き上げた作品と紹介したほうがいいでしょう。

 よってレビューも心してかからないといけないと思っていますが、何しろ難しい。よってこれまで一記事で終ることをルールとしてきましたが、とてもそれではこの物語の深淵まで到達することが出来ないので、三部に分けて検討することとしました。

 先ず題名の「行人」が難解。辞書を引けばわかりますが、この漢字は本当は「ぎょうにん」と読み、「古代中世日本の寺院内での僧侶の位の一つ、本来は修行者の意」という解説があります。この「ぎょうにん」の意味だとすれば、おそらくは主人公の兄、当時最高の知識人にして苦悩の人、漱石の分身と言うべき長野一郎のことを指しているのでしょう。

 そして、もう一つ分かりにくい題名があります。最終章のタイトルである「塵労じんろう)」です。再び辞書を引くと「世の中・俗世間における煩わしい苦労」とありますが、これも本来は仏教用語煩悩を意味します。

 前回のレビューでも述べたように、この小説は大正元年十二月六日から翌二年十一月五日まで、東京大阪双方の朝日新聞に連載されました。この時期漱石神経衰弱に悩まされており、三月にはそのストレスからか胃潰瘍を併発し、連載を中断しています。
 そのため四章あるうちの、「友達」「」「帰ってから」で一旦この物語は中断され、五か月のブランクを経て再開した最終章がこの難解な題名「塵労」です。

 最初の三章は、弟二郎を語り手として舞台も真夏の大阪から和歌山東京へと活発に動き、表面上のプロットも巧みで登場人物も自在に動き、いかにも漱石らしい「小説」の体をなしています。一方で「塵労」の後半は一郎の友人からの手紙で占められ、これが同じ作品かと訝るほど雰囲気が一変します。

 実際の話、当時漱石も周囲も一郎の変化に家族が戸惑うあたりで.終了するつもりでいたようです。もちろんそれでもそれなりの内容のある小説になっていたとは思います。しかしこの「塵労」における長大で難解な手紙が加わることにより、構成的には均衡を失った感はあるものの内省的観察眼が極限まで達した傑作となりました、いや、なってしまいましたと言った方が正しいかもしれせん。

 そこで先ず(前)では最初の三章、「友達」「」「帰ってから」について見ていきましょう。

  第一章「友達」の舞台ははうだるような蒸し暑さの真夏の大阪、この一節で幕を開けます。

「 梅田の停車場(ステーション)を下りるや否や自分は母からいいつけられた通り、すぐ俥を雇って岡田の家に駆けさせた。 」

 東京以外をメインとして物語が始まるのは、京都で始まった「虞美人草 」以来久々のことです。そして「友達」「」の二章では大阪浜寺の海岸和歌の浦和歌山と関西のいろいろな場所に舞台を移しますが、これは明治44年関西講演旅行での講演地であり、土地土地の闊達な自然描写はその成果でしょう。
 ついでに言えば講演旅行中胃潰瘍を再発して入院した湯川胃腸病院と思われる病院の情景もうまく第一章に取り入れています。

  そして真のテーマである一郎と妻直の歪んだ愛の形を提示する前に、巧妙に伏線も張っています。第一章の題名「友達」は岡田三沢という男(特に三沢)を指しますが、漱石はこの二人をその後の物語を巧妙に動かす駒として自在に使うと同時に、この二人二様の愛の形をさらりと描いて絶妙のプロローグとしています。

 まず岡田という長野家の遠縁で書生であった男と、同じく長野家の下女であった妻(かね)の大阪での仲睦まじい生活が語られる一方で、夫婦間に子供ができないことを二郎に尋ねられて兼が顔を赤らめる場面があります。この夫婦はどうやらセックスレスのようです。この件についてはそれ以上は語られることはありませんが、心の断絶した一郎と直には一女がいるのと好対照を成しています。

 もう一つは友達三沢の話。大阪に来てすぐ胃病で倒れて入院した胃腸病院に彼が気にかけていた女がいます。彼のせいで同じくひどい胃病になってしまった芸者です。彼女に惚れているのかと二郎は揶揄しますが、三沢は真剣に反論します。
 彼の心の中には、昔ひどい男に嫁いで離縁され彼の父がやむなく引き取った、精神を病んでしまった女性が住み続けており、その女性と芸者の面影がどことなく似ているのだ、と三島は述懐します。

「 その娘さんがおかしな話をするようだけれども、僕が外出するときっと玄関まで送って出る。いくら隠れて出ようとしてもきっと送って出る。そうして必ず、早く帰って来て頂戴ねと云う。僕がええ早く帰りますから大人しく待っていらっしゃいと返事をすれば合点合点をする。もし黙っていると、早く帰って来て頂戴ね、ね、と何度でも繰返す。僕は宅のものに対してきまりが悪くって仕様がなかった。けれどもまたこの娘さんが不憫で堪まらなかった。 」

というのです。気の毒なことにその女性は程なく亡くなってしまいます。死んだ彼女の額にキスをするほど彼女に惚れてしまった三沢ですが、彼女の行動自体は気がふれていただけだろうと思っていました。しかし後日兄一郎に二郎がその話をすると驚いたことにそのエピソードを知っており、そして断言します。

おれはどうしてもその女が三沢に気があったのだとしか思われんがね。 」

 その頃、妻の愛が信じられずに悩み続けていた一郎が下した意見だけに重みがある言葉です。

 この二つの愛の形が巧妙な伏線となり、一郎と直の二人の心の葛藤に二郎が巻きこまれ文字通り「嵐」のような展開になっていく第二章「」、その後徐々に精神を病んでいく一郎により暗い影がたちこめる長野家を描く第三章「帰ってから」。詳細は是非本作を読んでそのスリリングな展開を楽しみ味わっていただきたいと思います。

 精神を病んでいくと書きましたが、第三章終盤近くで一郎は既に常軌を逸してきている様子が窺えます。 
 第三章の白眉とも言えるエピソード、父親が来客に語る「女景清」盲目女の二十年の思いを軽くあしらったことに憤慨し、父親を軽蔑するようになる辺りはまだ納得がいきます。
 しかし「お前は父親の血をひいている」と、との和歌山の一夜を語りたがらず、あくまでも何もなかったと主張する二郎に激昂し「馬鹿野郎!」と罵るあたりから、精神の均衡を失っていることが明らかとなってきます。
 そして気まずくなってしまった二郎が家を出る際に、一郎が語ったダンテ神曲中の「パオロとフランチェスカ」のエピソードが印象的です。フランチェスカと義弟パオロの密通が兄に見つかりパオロは殺されてしまう。その時の勝者は兄だが、パオロの名前は残っても兄の名前は忘れ去られた。

「道徳に加勢するものは一時の勝利者には違ないが、永久の敗北者だ。自然に従うものは、一時の敗北者だけれども永久の勝利者だ」「ところがおれは一時の勝利者にさえなれない。永久には無論敗北者だ

 直と二郎には何もないにもかかわらず勝手に己を敗北者と決めつける一郎。憐れを通り越して狂気を感じる思い込みです。後日三沢が二郎に語る、一郎の講義の異変は彼が完全に変調を来たしていることを強く示唆します。母の口からもついに「神経衰弱」という言葉が洩れます。

 物語はここで一呼吸置き、第一章において岡田が斡旋した佐野という男と長野家の下女(さだ)との結婚式がとり行われる華やかな情景が描かれます。しかし賑やかな男岡田と、天真で純情で皆に可愛がられていた貞が去った長野家はますます寂しさが募っていきます。

 前三章、真夏の大阪で始まった物語は、長いような短いような冬の去った東京で一旦終了します。

永いようで短い冬は、事の起こりそうで事の起こらない自分の前に、時雨、霜解、空っ風・・・・・・と規定の日程を平凡に繰り返して、かように去ったのである。