【 百読に値する日本文学史上屈指の名文 】
漱石大全読破プロジェクトもついに「夢十夜」に辿り着きました。私の最も愛する漱石の作品で、一話は数十行に過ぎないのですが、その短くも完璧な文章と漱石の教養、そして初期の「漾虚集」で見られた幻想性が見事に融合した、日本文学史上屈指の名文が十も並んでいるという奇跡のような作品です。
もう好きで好きで好き過ぎて何度読み返したか分かりません。若い頃には、「第一夜」冒頭の
『 こんな夢を見た。腕組をして枕元に坐わっていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。 』
から最後の
『 「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。 』
まで暗誦できました。今はもうとても無理ですが。
「夢」と題された不思議な世界の物語ばかりですから、解釈は如何様にもできますので幾多の評論があります。漱石の幻想趣味に言及するものから、「夢」の精神分析をするものまで様々です。
個人的には漱石が「夢」という形をとって、外的世界の限りある生命と無限の時を有する内的世界を融合させた物語群だと思っています。
でもそんな評論はどうでもいいのです。
とにかくこの十の掌編を読むこと。
何回も何回も読むこと。
分からないところがあっても構わずに声に出して読むこと。
そして、「全伽」とか「天探女」などの分からない単語はそのあとで自分で調べること。
蕪村や運慶などを知らなければできる限りの関連図書を読むこと。
各話における漱石の真意が分からなければもう一度でも二度でも読んで自分で考えること。
そうすれば「もう百回目の夢十夜は来ていたんだな」と気がつき、その時には自分なりの夢十夜観ができているでしょう。だからその頃には他人の意見を参考にしてもかまわないと思います。でも他人の意見に惑わされる必要はありません。
もうあなたの日本語と日本文化に対する理解、そして人間の生と死と愛と苦に関する人生観は読む以前とは比較にならないほど深まっているはずですから、
『 あなたの会得した物語観が正解なのです。』
というわけで、第一話で男が女の死後百年待って咲いた百合のような奇跡の作品です。日本語を日本文学を愛する方で、もし未読であれば是非百読していただきたいと思います。