ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

オーバー・フェンス

Photo
 春から心待ちにしていた映画「オーバー・フェンス」が公開されました。若くして自殺した作家佐藤泰志原作の函館を舞台とした「海炭市叙景」「そこのみにて光り輝く」に次ぐ作品です。
 と言っても監督は全て違いますが、今回の山下敦弘大阪芸術大学の先輩の熊切和嘉、同期の呉美保が前々作、前作を撮っており、撮影の近藤龍人をはじめスタッフも共通しており、函館三部作と呼んでいいと思います。
 原作(「黄金の服」所収)も読んでいましたし、何より「蟲師」以来のオダギリ・ジョー蒼井優の共演とあって、期待に胸を膨らませて観て来ました。

 で、どうだったかというと、う~ん、微妙な出来でした。映画としてはそれなりに成立していると思いますが、佐藤泰志ファンとしては納得できるものではないし、蒼井優ファンとしてもあれはないだろうと。
 個人的にはあまり高い評価をしなかった「そこのみにて光り輝く」ですが、少なくともあの映画はうねるような「」を内包していました。今回はそれさえ感じられませんでした。

『 2016年 日本映画 配給:東京テアトル

スタッフ:
監督: 山下敦弘
原作: 佐藤泰志
脚本: 高田亮
撮影: 近藤龍人
製作: 永田守

キャスト
オダギリジョー蒼井優、松田翔、北村有起哉満島真之介、他

海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」の原作者・佐藤泰志芥川賞候補作を、オダギリジョー蒼井優松田翔太ら豪華キャスト競演で映画化。「苦役列車」の山下敦弘監督がメガホンをとり、原作者が職業訓練校に通った自身の体験を交えてつづった小説をもとに、それぞれ苦悩を抱える孤独な男女が共に生きていこうとする姿を描き出す。妻に見限られて故郷・函館に戻った白岩は、職業訓練校に通いながら失業保険で生計を立て、訓練校とアパートを往復するだけの淡々とした毎日を送っていた。そんなある日、同じ訓練校に通う代島にキャバクラへ連れて行かれた白岩は、鳥の動きを真似する風変わりなホステス・聡と出会い、どこか危うさを抱える彼女に強く惹かれていく。

(映画.comより)』

 冒頭シーンが先ずいけない。函館の職業訓練校の喫煙休憩室で主人公の白岩(オダギリジョー)、代島(松田翔太)、シマ、原、勝間田らがお互いのことを尋ねあっているんですが、同時進行の会話を重ねあわせてわざとざわざわとした雰囲気を作っているので、殆ど聞き取れない。聞こえる端々から原作ファンなら大体のところを掴めますが、原作を知らない人には何のことか分からないでしょう。森(満島新之介)が浮いてる理由も。

 「マイ・バック・ページ」や「苦役列車」を撮った山下敦弘だけに期待していたのですが、う~ん、凝り過ぎなのか端折り過ぎなのか。

 そしてそれ以後。「海炭市叙景」がオムニバス、「そこのみにて光り輝く」が(二部あわせて)長編だったのに比して「オーバー・フェンス」は淡々とした短編小説ですから、ある程度話を盛らなければ映画にならないのは十分理解できます。
 予想通り話を盛って出来上がったストーリーは、一応起承転結成立し、小説と同じラストシーンに帰結します。そういう意味では悪くない出来ではあります。

 しかし、個人の内面を描く、という面ではちょっと変質し過ぎた印象があります。確かに主人公白岩の設定自体に変更はないのですが、彼の抱える孤独感が佐藤泰志独特の乾いたざらざらとしたものから、ウェットに変質した感が否めませんでした。

 以下ネタバレになります。公開直後ですので、しばらく伏字にしておきます。詠みたい方はマウスをスクロールしてください。

 離婚の事情が詳細に描かれないばかりか、原作とは大きく異なった明るく元気になった元妻が出てくる。元気になった妻を見て白岩が泣く。それは違うんじゃないか。愁嘆場は白岩と聡の間ではなく、昔の白岩と妻の間で描くべきだったと思います。それがないので、途中で出てくる義父の手紙の持つニュアンスが原作を知らない人には分からない。

  また、佐藤泰志がしつこくこだわり続けた函館の不況が適切に分かるように描かれていない。これは前作もそうだったのですが、あれじゃ函館にした必然性がない。失業保険の話も函館の大工の実情もしっかりと誰かが喋るべきだったと思います。また、適切な舞台がなかったのなら仕方ないですが、ラストシーン、オーバー・フェンスの向こうには函館の海が輝いていて欲しかった。

 また聡(蒼井優)の設定の変更もひどい。昼と夜の顔を使い分けて働く女性にしたのはまあいいとして、原作で述べられている理由を一言も出さずに「壊れた」女性にしてしまうのは納得できない。いくら蒼井優にそれだけの演技力があるとしても。

 演技力といえば、優ちゃんにいくらバレエの素養があるといったって、奇矯な鳥の求愛ダンスをあれほど躍らせるのはいかがなものか。それならまだ「そこのみにて光り輝く」で呉美保池脇千鶴に求めて演出したように、蒼井優のせっかくの(私の知る限りあれだけ見せたのは初めての)ヌードをもっと丁寧に描いたほうが、決して男の欲としてではなく、映画として良かったのではないかと思います。

 他の俳優の演技についてはまずまず良かったと思います。特に松田翔太は自慢のロングヘアをショートカットにしてうまくオダギリジョーと絡んでいました。彼演じる代島の設定も変えてはありましたが、これは上手く機能していたと思います。

 函館の風景やカメラワークも三部作を全て撮影した近藤龍人だけに安定したもの。デジャブ的なところも沢山ありましたけどね。

 というわけで、個人的には山下敦弘の演出は私の期待した方向を向いていなかったし、蒼井優もこれで再ブレークするとは到底思えないし、少しがっかりの出来でした。

評価: D:イマイチ
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)