ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

一瞬と永遠と / 萩尾望都

一瞬と永遠と (朝日文庫)

 AMAZONは過去の購買歴をキーワードとして次々とメールを送ってきます。まあたいていは無視していますが、「萩尾望都」「原田知世」「ヒラリー・ハーン」といった何人かの殊更な女性の名前だけは別です。

 というわけで、望都様の最新の文庫版エッセイ集をポチってしまいました。望都様ファンとしてはこのカバー装画「あぶない丘の家」だけで買いでしたね。

 とは言え、彼女のエッセイはこれ以外に何冊か読んでいるので、私的な話、例えば漫画に理解のなかった両親の話、漫画ばかり書いていて成績がどんどん下がっていった学生時代の話、ボツばかりだった頃の話、締め切りに終われる苦労話などなどはさすがに読み飽きてしまって、ええ知ってますよ望都様、という感じで読み流していました。
 石森(当時)章太郎氏の「サイボーグ009」のレビューで、締め切りに追われるたびに「加速装置」が欲しいと思った、という一文があったのは嬉しかったですけどね。

 ただ一編、文庫版に寄せて書かれた「道のり」という一文は心に沁みました。彼女を見出し育ててくれた小学館山本順也少女コミック」編集長(当時)が、「トーマの心臓」の原稿料を倍に上げてくれた、というチョットいい話的なエピソードなのですが、その山本氏が昨年他界されたことを最後にそっと紹介されています。

 閑話休題、今回のエッセイで目立つのはレビューの多さです。同業者の漫画はもちろんのこと、(やはりSFが多い)、映画演劇バレエミュージカル等々様々なジャンルの「感想文」を書いておられます。
 率直に言って彼女のレビューが彼女の漫画ほどには優れているとは思いません。(まあ、漫画が凄すぎるのですけれど)
 しかし、独特の切り口やこの人ならではの感性には感心させられますし、創作者であるが故に、並みの評論家や読者より相手に「半歩」踏み込める実力を垣間見せてくれるあたりはやはり読んでいて爽快です。

 では、いくつかあげてみます。まずは彼女が漫画家になる決心をした手塚治虫の「新撰組」に関する一文。やはり読み応えがあります。その中で彼女は手塚が「戦中派」であることを指摘し、その戦中派特有のペシミズムについて言及します。

死の覚悟された世界からの脱出。新たな未来の発見。喪失と再生をくりかえす意識の旅。その世界観が作品を作っている。」(『新撰組』にある再生と喪失)

 そして同業者大島弓子の描く「風」についての考察。

そうして風は吹きわたる。森に、空に、高原に ー 窓辺に、心に、彼女の風は吹く。」(ユミコ風)

そして、ピカソの青の時代に関する考察。

おそらく、思春期において、誰もが青の時代を迎え苦しみのうちに再生するのかもしれない。その時代。我々は沈黙の中で肩をいからせ、自らを見すえるのだ。」(青の時代 - 「アイロンをかける女」)

 そして望都様といえば、なんといってもジェンダーに関する考察。

「 「あしゅらおうは、本の中で男でしたか、女でしたか?」(光瀬龍氏の質問)
そう聞かれて「おおっ?」と世界が一瞬、目眩を伴うカオスにぶれた。
」(宙空漂う『なぜ』の問いかけ)

 もちろん他にも読みどころは色々とあります。なんせ雑多な文章を集めたエッセイ集です。ファンなら自分の好きな文章を探せ出すと思いますし、彼女の紹介する作品からまた新たな世界を知ることが出来るはずです。