ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

黄金の服 / 佐藤泰志

黄金の服 (小学館文庫)

 五回芥川賞候補になりながら受賞できず、1990年に自殺した作家佐藤泰志。彼が残した作品は、2010年に「海炭市叙景」が、2014年に「そこのみにて光り輝く」が映画化され、何れも高い評価を得ました。そして第三弾「オーバー・フェンス」がオダギリジョー蒼井優主演で今秋に公開されることになりました。優ちゃんの主演作品は最近途絶えていたので楽しみにしています。
 この「オーバー・フェンス」は初期の短篇作品で、「撃つ夏」「黄金の服」の三篇が収められた「黄金の服」で読むことができます。

 佐藤泰志作品の多くには
1: 不況で寂れていく函館が舞台である
2: 主人公は鬱屈した心を抱えながら生きている
3: 一度は人生に失敗している
4: 明日が見えそうで見えない
6: あまり幸福ではない女性がストーリーに絡んでくる
という共通点がありますが、「オーバー・フェンス」もその例に洩れない小説です。

 東京で結婚生活が破綻した主人公が函館に戻ってきて、職業安定所から失業保険も出て月々の手当もある職業訓練校を紹介され、通うことになる。日々缶ビール二本だけが楽しみで、大工になるつもりも無いのにひたすら大工技術を学ぶ自分は何者なのか自問はしていても、そこから抜け出すだけの踏ん切りもつかない。そのうち彼になついている代島という男から「さとし」という女性を紹介される。
 育児ノイローゼから子供を殺しかけた妻を実家に預けたら義父から薄情者として離婚を突きつけられた彼にとって、女性と再び付き合うことは

愛さなければならない人間ができるのは煩わし

いことであった。ましてさとしは付き合っていた男の子供を堕ろしたばかりであった。
 しかし時間は徐々に二人の心の距離を縮めていく。そして学内ソフトボール大会にさとしを呼び、海峡の見えるグラウンドで外野フェンスの向こうにみた幻のフェンスに向かって思い切りバットを振りぬく。

 梗概はかくのごとくですが、「海炭市叙景」がオムニバス、「そこのみにて光り輝く」は長編であったのに対してこの作品はごく短い物語で、。それほど起伏があるわけでもなく、語り口もぶっきらぼうと言っていいほど淡々としています。一体一本の映画として成り立つんだろうかと心配になるほど。
 しかし、舞台が函館だと彼の作品は不思議な魅力を放ちます。映画も函館でロケされているそうですし、楽しみに待つことにしましょう。

 逆に言えば、函館が舞台ではない二作品はあまり魅力がありません。「撃つ夏」は病院内の入院患者模様、「黄金の服」は立川界隈の若い男と神経症の女を中心に青春模様を描いていますが、正直なところ何が言いたいのか分からないまま終わってしまう感じですし、今ひとつ感情移入もしにくいです。

 「黄金の服」を思い切り突き抜ければ、村上龍が一発で芥川賞を仕留めた「限りなく透明に近いブルー」に達することができるのでしょうが、そこまでの衝撃はありません。
 作者自身は「読み返せば様々な欠点も眼につく」とあとがきで書いていますが、逆に若書きなのだから欠点などあって当然、それをものともしない彼自身でしか書けない「個性」を持たせられなかったのか、と思います。「黄金の服」中の言葉で言えば

あんたは殺風景だよ、おれにはあんたみたいな人がわからないよ

ということになります。結局彼の作品には愛憎半ばする故郷「函館」が必要不可欠だったのでしょう。