ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

MONKEY No.7 : 新年のご挨拶に代えて

MONKEY Vol.7 ◆ 古典復活

 あけましておめでとうございます。本年も拙ブログをよろしくお願いいたします。

 さて新年第一回の記事は申年で満を持してのMONKEY紹介です。この雑誌は翻訳家としての村上春樹氏の盟友である柴田元幸氏主宰の英米文学翻訳評論雑誌です。といっても学術誌のような堅苦しいところのない、ユニークで適度にくだけた雰囲気を持っています。

 最新刊の第7号の特集は「古典復活」。まずは柴田氏と村上春樹氏が文庫本が廃刊になってしまった英米文学の古典・定番作品に関して縦横無尽に語りまくります。そのあと春樹氏がジャック・ロンドンの短編「病者クーラウ」を、柴田氏がカーソン・マッカラーズのデビュー前の習作(「無題」)を翻訳掲載しています。どちらも内容・翻訳の個性ともに存分に楽しめます。

 また、村上春樹氏の最新刊「職業としての翻訳家」について川上見映子さんが相当突っ込んだ質問をしていて読み応えがあります。このインタビューの題名は

優れたパーカッショニストは、一番大事な音を叩かない

そそられるでしょう(笑。ちなみに「独立器官」に関しての、春樹氏独特のリアリティからの「壁抜け」に関する質問に対する答えです。ちなみに春樹氏は小説家を引退したらやっぱりジャズクラブを経営したいそうです。うん、そうでなくっちゃね。

 さて、この雑誌で私が最も期待していたのはカズオ・イシグロ土屋政雄氏の対談。土屋氏は最近のイシグロ作品を全て訳している翻訳家ですが、めったに表に出てくることがない(柴田氏も挨拶でそう言っておられます)ので楽しみにしていました。

 最新作「忘れられた巨人」の内容についてのインタビューは既知のことが多くて残念でしたが、土屋氏が元々テクニカルライターで翻訳文の難易度についていつも定量的に検討している、というところはとても興味深かったです。

 ちなみにイシグロ作品は大体11年間英語教育を受けた人なら読みこなせるそうです。私も「日の名残り」「私を離さないで」「夜想曲集」を原書で読んでいますが、感覚的に首肯できました。
 ちなみに「忘れらた巨人」も同レベルだそうですが、奥さんに草稿の登場人物の言葉遣いをぼろくそにけなされ、思い切って普通の英語のセンテンスには必要なthat,which,whoといった単語を思い切って抜いたそうです。その結果満足できる文章になったそうで、今回は原文を読むのはちょっとチャレンジングなようです。でも逆に読もうという意欲が涌いてきました(笑。

 ところで、イシグロ氏はその優しそうな風貌に似合わず、「作家」という職業を志す人に対しては非常に厳しい考えをお持ちです。彼はこう熱弁します。

「本当に書きたいのかどうかよく考えなさい」
「単に作家という地位が欲しいだけではないのか考えなさい」
「誰かがあなたのところに来て、(中略)誰も君の作品を読まないんだよと言ったとして、それでも書きたいか?その答えがイエスでなければいけません」

 「職業としての小説家」である意味とても実践的な啓蒙書を著した村上春樹氏とは対照的です。ただ通底するところは同じで、作家と言うのはフィジカルにもメンタルにもとても厳しい職業だということなのだと思います。

 この他にもたくさんの興味深い企画が満載の面白い雑誌です。申年にちなんで英米文学ファン、村上春樹ファンは是非ご一読ください。