ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

母と暮らせば

Hahatokuraseba

 山田洋次監督の新作「母と暮らせば」を観てきました。題名から容易に予想されるように、井上ひさしの戯曲を黒木和雄が監督し、故原田芳雄宮沢りえが入魂の演技を見せた傑作「父と暮らせば」と対になる映画で、前者が広島を舞台にしていたので今回はもう一つの被爆地長崎が舞台になっています。
 前回は小津安二郎の世界的傑作「東京物語」を上手くリメイクした「東京家族」が好評でしたが、この作品も前評判が高く早速観てきました。

 結論としては松竹映画の王道、実によく作られた映画で非の打ち所がありません。さすが山田監督です。
 が、暗くて長い2時間半も見せる内容じゃないなあ、と思いました。「父と暮らせば」はわずか99分でした。それでいて感動も笑いも本作よりもずっといい。いろいろと要因はあると思いますが、結局井上ひさしの絶妙の脚本と比べると、映画としてまじめに作りすぎなんだろうと思います。もちろん原爆映画を不真面目に作れと言うわけではありません、山田監督ならもう少し違うやり方もできたんじゃないかなあ、という意味で、です。

『 2015年 日本映画 配給:松竹

スタッフ
監督: 山田洋次
脚本: 山田洋次平松恵美子
音楽: 坂本龍一

キャスト
吉永小百合二宮和也黒木華浅野忠信加藤健一、他

 小説家・劇作家の井上ひさしが、広島を舞台にした自身の戯曲「父と暮せば」と対になる作品として実現を願いながらもかなわなかった物語を、日本映画界を代表する名匠・山田洋次監督が映画化。主人公の福原伸子役を「おとうと」「母べえ」でも山田監督とタッグを組んだ吉永小百合が演じ、その息子・浩二役で二宮和也が山田組に初参加。「小さいおうち」でベルリン国際映画祭銀獅子賞(女優賞)を受賞した黒木華が、浩二の恋人・町子に扮する。1948年8月9日、長崎で助産婦をして暮らす伸子の前に、3年前に原爆で死んだはずの息子・浩二が現れる。2人は浩二の恋人・町子の幸せを気にかけながら、たくさんの話をする。その幸せな時間は永遠に続くと思われたが……。 (映画.comより) 』

 古き良き松竹映画のルーチンを守り、今時珍しいきっちりとしたオープンニングロールを見せ、そこから背景の色を消してモノクロにして1945年8月9日に舞台を移す。そして3年後にカットを変えるときに徐々に色を付けていく。

 王道ともいえる丁寧なカメラワーク。山田+平松コンビの良く練られた脚本。細部にまで徹底的にこだわった大道具、小道具の美術セット。丁寧な演出と監督の期待に応える俳優陣。原発坂本教授に音楽を依頼したのはやや恣意的な気もしますが、結果として音楽も素晴らしい。これ以上何を望め、というのかというと返す言葉もないのですが、繰り返せば暗くて長くて、あまり面白くない。

 どうしても「父と暮らせば」と比較してしまうのですが、同作では宮沢りえ演じる娘が広島原爆を生き残り、原田芳雄演じる父がこの世に帰ってきて、やたら娘の心配をするという設定でした。

 本作では逆に母である吉永小百合が長崎原爆を生き残り、息子の二宮和也が跡形もなく死んでしまう、という設定です。
 前者では宮沢りえが思いを寄せる男性を浅野忠信が演じ、本作でも山田監督の粋なキャスティングで彼が再度起用されました。これはいいな、と思いました。が、さすがに吉永さんの恋人というわけにはいかず、息子の許嫁として黒木華を起用しました。「小さいおうち 」での好演を評価したのでしょうね。

 というわけで隙無く前作と同様の設定をしたのはいいのですが、やはり原田芳雄が見事な演技を見せたように、親が子の心配をしてドタバタ劇を演じないと、活き活きとした演劇(映画)にはならないですよね。
 山田監督は二宮君がよく喋りよく笑うキャラクタだったという設定でコミカルな部分を出そうとしたのですが、真面目の代名詞のような吉永さんが、それも長崎ということでカトリック教徒の母を演じ、黒木華貞淑な女性を演じれば、二宮君がどうかんばっても堅苦さを取ることはできませんでした。

 もちろん各役者の演技は山田監督演出の元、高いレベルでした。今回は敢えて吉永小百合さんの今の映画界における立ち位置にまでは言及しませんが、素晴らしい演技だったと思います。二宮和也も与えられた役をよくこなしていました。
 黒木華も前作で自信をつけたのか、安定した演技です。敢えて言うと、このまま山田ファミリーに入って小さくまとまってしまうことを危惧します。まだ若くていろんな可能性を秘めたいい女優さんですから、これからも様々なジャンルの作品に挑戦してほしいな、と思います。浅野忠信も「父と暮らせば」よりは出番が少なかったですけれど、両作に出たというのは彼の財産になると思います。

 「父と暮らせば」のラストには静かでいて衝撃的なシーンが用意されていましたが、本作は鎮魂歌の合唱原民喜)の中を昇天していく様子が描かれます。感動的な演出はされていますが驚きはありません。井上ひさしに捧げる(実際エンドロールの最後に井上氏への献辞のテロップが流れます)のであればもう一ひねりくらいはほしかったですね。

 音楽ファンには面白いネタが一つ。二宮君演じる医学生は、メニューインソリストメンデルスゾーン・ヴァイオリンコンチェルトのレコードが好きだったのですが、彼がその演奏を聴きながらタクトを振るシーンで影絵でオケの演奏が映るのですが、ソリストが女性なんですね。をいをいそれは違うだろう(笑。

 もう一つ突っ込めば、母は高血圧なんですがちゃんと降圧剤を飲むように医学生だった息子に諭されるシーンがあります。ちょっと待て、降圧剤は戦争中にはまだ何もなかったはずだぞ?

 というわけで、感動作でいい映画だと思いますし、「父と暮らせば」を意識しなければいいではないかという意見もあるでしょう。けれど井上ひさしさんへの敬意を表している以上、そうはいかないです。となると、ちょっと惜しい出来の作品でした。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)