ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

黄金のアデーレ 名画の帰還

Adele

 今年は戦後70年ということで、日本でも戦争関係の映画が多く制作され、最近では唐沢寿明が「杉浦千畝」の宣伝でTVのバラエティに出まくっていますね。当然ながら欧米でも様々なヒトラーナチス関連の映画が公開されています。

 そんな中でもアメリカの一女性がオーストリア政府を相手取って「オーストリアの宝」と言われたクリムトの名画を何十年という歳月を経て取り戻した実話、という異色なテーマでナチスによるユダヤ人迫害を描いた「黄金のアデーレ 名画の帰還」が気になっていたのですが、ようやく今日観ることができました。 

 観終わった後、久々に映画らしい映画を観たという満足感と、ずっしりと重い疲労感の残る味わい深い映画でした。一緒に観た家内も「久し振りにええ映画見たわ~」と大満足の様子。最近休日も何かと忙しくて映画を見に行けず、辛い思いをしていましたし、おそらく今日がラストチャンスかな、と思っていたので本当によかったです。 

Adelebrochbauweri

 クリムトの傑作「黄金のアデーレ」(正式名称は「アデーレ・ブロッホ・バウワーI」といいます)は美術ファンなら誰もが知っている、金箔をふんだんに使った傑作ですが、その金箔をクリムトがキャンバスに貼り付けるところから映画が始まります。その向こうに見えるのはモデルであるユダヤ人富豪の娘アデーレ。老クリムトが「何か心配そうな顔をしているね」と問いかけると、アデーレはけだるそうな笑顔で答えます。

 「さあ、将来のことかしら?」と。 

 ナチスオーストリア侵攻によるユダヤ人迫害、亡命により引き裂かれる家族、そしてまさにその製作中であった絵画がたどる数奇な運命。それらすべてを暗示する実にうまい導入部。
 そしてなんと、12音技法で有名なシェーンベルクの孫が弁護士として登場する驚き。もう序盤でぐいぐいと物語の世界に引きずり込まれていきました。

『  原題: Woman in Gold
  2015年 アメリカ・イギリス合作  配給: ギャガ
スタッフ
監督:  サイモン・カーティス
脚本: アレクシ・ケイ・キャンベル
製作:  デビッド・M・トンプソン、クリス・サイキエル
製作総指揮: クリスティーン・ランガン、ハーベイ・ワインスタイン

キャスト
ヘレン・ミレンライアン・レイノルズダニエル・ブリュールケイティ・ホームズ、タチアナ・マズラニ

グスタフ・クリムトが描いた世界的名画「黄金のアデーレ」をめぐって実際に起こった裁判と「黄金のアデーレ」に秘められた数奇な物語を、アカデミー賞女優ヘレン・ミレン主演で描いた。アメリカに住む82歳のマリア・アルトマンがオーストリア政府を相手に裁判を起こした。世界中を驚かせたその裁判は、クリムトが描いたマリアの叔母アデーレの肖像画「黄金のアデーレ」の返還要求だった。ナチス統治下のオーストリアで、ナチスによって奪われたその名画には、マリア自身と彼女を取り巻く人々のさまざまな記憶が詰まっていた。マリアとともに裁判を起こす駆け出し弁護士役にライアン・レイノルズダニエル・ブリュールケイティ・ホームズが脇を固める。監督は「マリリン 7日間の恋」のサイモン・カーティス
(映画.comより) 』 

  21世紀に入ったロサンゼルス。マリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が姉の葬儀の後、友人に息子の弁護士ランドル・シェーンベルクライアン・レイノルズ)に頼みたいことがある、と相談を持ち掛けます。その内容とは「伯母を描いた肖像画オーストリアから取り戻したい」という突拍子もない依頼でした。

 いくらシェーンベルクの血を引くユダヤ人であっても、独立に失敗してようやく大手の弁護士事務所に雇ってもらったばかりのランドルには全く興味の湧かない話。いやいや引き受けたものの力が入るはずもありません。

 そんなある日、ネットでその絵画の時価評価額を見て愕然とします。なんと一億ドル!俄然はりきり、トラウマから母国へ帰ることを嫌がるマリアを無理やり引き連れてオーストリアへ乗り込むランドル。しかし「オーストリアの宝」を国が簡単に手放すはずもありません。いくら政府が「不当に略奪された絵画を持ち主に変換する」方針を打ち出したとは言え、この絵だけは別。あらゆる理屈をつけて、要求を撥ねつけます。オーストリア国内で裁判に持ち込むなら180万ドルが必要と知り、ランドルも諦めざるを得ません。

 成果を得られずに帰国する二人。しかし、この旅行でランドルの中で何かが変化していました。彼もまた迫害され殺されたユダヤ人の末裔であることを自覚したのです。諦めきれないランドルと、逆に辛い思い出しかないウィーンに無理に連れていかれ、結局成果もないまま帰国して半ばあきらめているマリア。三要件を満たせばアメリカ国内でもオーストリア相手に裁判を起こせると知ったランドルはマリアの制止を振り切って裁判を起こします。

 そこからの展開は裁判映画そのものですが、その間にマリアの思い出として、アデーレを中心とした富豪一族の華麗な生活、ナチスのウィーン侵攻、命からがらの亡命などが挿入されることにより歴史映画としての重厚さも加わり、何故マリアがあの絵画を取り戻そうとしているのかを深く理解できます。

 実話ですからネタバレしてもいいかと思いますが、二人はついに「黄金のアデーレ」を取り戻します。しかしマリアは何故かランドルの胸の中で泣き、そして現在はオフィスが入っている旧家を訪れて自身の結婚式の舞踏会の中に入り込んでいく。そのラストシーンはとても深い余韻を残しました。

 さて、映画としてはどうか?まずは映像の見事さが特筆もの。ロサンゼルスとウィーンの対比、現在と1940年代の対比、そして「黄金の女」とアデーレの首を飾っていたダイヤのチョーカーなどの美術品の再現。
 音楽もストラディバリのチェロを弾くマリアの父、マリアの結婚式でアリアを披露する新郎、そして最後の調停の前にランドルが聴く祖父シェーンベルク室内楽。いずれも素晴らしい演出でした。

 俳優陣も安定した演技を見せていましたが、何と言っても老マリアを演じるヘレン・ミレンでしょう。背筋がしゃんと伸びてパールのネックレスが似合うしっかりした老婦人と亡命した苦悩を内に秘めるユダヤ人の哀しみの双方を見事に演じ切っていました。

 本筋以外でちょっと気になったのは、アメリカの最高裁で「この訴えが認められれば日本をはじめ各国から訴訟が殺到して混乱をきたす」と証言するアメリカ政府高官。そう、日本も芸術品を略奪された国なのだ、と虚を突かれました。

 というわけで、109分という短い時間の中で、歴史を踏まえた「正義」とは何かを問い、踏みにじられたユダヤ人の「尊厳」を取り戻すとはどういうことなのかを表現した素晴らしい作品だと思いました。

評価: B 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)