ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

MY ROOM side 3 / Hiroko Williams

MY ROOM side3

 オーディオファイルではあっても、ソフトは音ではなく音楽で選ぶ。当たり前のことのようで結構難しいことで、いつも肝に銘じています。とは言え、SACDSHM-CDなんかをチョイスするときはそれなりの音質を期待するのですが、ごく普通のCDから出てきた音におおっ、とのけぞるようなびっくりする思いをするのもオーディオの醍醐味かもしれません。
 このウィリアムス浩子さんの「MY ROOM side 3」はそんなアルバムで、久々にオーディオ的に聴いてしまいました。

 発端は先日のオフ会にmerryさんが持ち込まれたグレース・マーヤが気に入って、Youtubeで彼女の動画をサーフィンしていて偶然このアルバムのトレイラーが目に入りました。なんとなく雰囲気がよさそうなので聴いてみると、これは音楽も選曲もいいし買ってみるかとなったわけです。

1.Time After Time (タイム・アフター・タイム)
2.My Favorite Things (マイ・フェイバリット・シングズ)
3.Smile( スマイル)
4.Love Me Or Leave Me (ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー)
5.Edelweiss(エーデルワイス)

ウィリアムス浩子 (vo)
馬場孝喜 (gt)

西嶋徹(b)on2,3,4, 名雪祥代(ss)on2, ヤマカミヒトミ(fl,as)on3,4

プロデューサー: :ウィリアムス浩子
エンジニア: 新島誠(録音、ミキシング、マスタリング)
2014 年12 月~2015 年5 月、u3chi およびAby Studio Japan(Hiroko の部屋)にてレコーディング

『 ウィリアムス浩子のマイ・ルーム・プロジェクト第3 弾が届いた。曲によってベースやソプラノ・サックス、他にもフルートやアルト・サックスを加え  た絶妙なアレンジにより、彼女のシルキーでソフトな歌声が一段と際立ち、過去の作品にない格別な味わい深さで心を揺さぶる。なんと典雅な香りが 漂うジャズ・ヴォーカル・アルバムなんだろう。腕達者なミュージシャンとコラボしたクラシカルな響きは、緩急備わったまるで5 楽章の室内楽作品のようでもある。本作を聴くと、ウィリアムス浩子がたゆまぬ努力で1 作ごとに成長を遂げてきた証が随所に垣間見え、録音も冴えわたっており、生演奏 以上の生音が再現され、ウィリアムス浩子の楽音へのこだわりがしみじみと伝わる。ジャズオーディオ評論家・医師後藤誠一  』

 一曲目がかかった途端、馬場孝喜さんのギターの音のあまりのリアルさにおおっ、なんだこのCDは!と驚きました。続いてどこからともなく聞こえてくるようなウィリアムス浩子さんの「tick-tack, tick-tack」という元歌詞にはない囁き声にぞくっとし、二曲目では西島徹さんののけぞるような迫力のアルコ弾きベースを核として塊のように押し寄せる音に圧倒され、そして三曲目の「スマイル」では浩子さんの優しい歌声とヤマカミヒトミさんのフルートの優しい音色にうっとり。

 シンプルな構成、曲数も少ないミニ企画アルバム的なCDではあるのですが、そのようなアルバムでも(あるいはだからこそなのか)これだけ力の入った録音をする、聞かせる、という熱い熱意を感じて嬉しくなってしまいました。ライナーでの後藤誠一さん評の「冴えわたっている」という言葉が、このアルバムの録音の特徴を一番言い当てていると思います。

 遅ればせながら、各曲の印象を一言ずつ。

一曲目の「Time After Time」は、もう本家フランク・シナトラのスタンダード曲を凌駕しているのではないかというくらいカバーされている、シンディ・ローパーの作品です。もう数知れず聴いてきた気がしますが、本家がリアルタイムだったのであまりカバーに感心したことはありません。敢えて言うとEverything but The Girl(Covers EP)、Tuck & Patti(Tears of joy)、Cassandra Wilson(Travvelling Miles)くらいでしょうか。ただ、カサンドラの場合はマイルス・デイヴィスへのトリビュートとして歌っているのでちょっと違う気もしますが。

 閑話休題、音には感心したものの、楽曲としてはあまりにもテンポが遅すぎる。浩子さんはネイティブの発音をされているし、他の楽曲では凄い早口でも歌っておられるのでおかしいなあと思いましたが、あとで自身のライナーを見ると、あえてスローなバラードとして歌いたかったそうです。しかしジャパングリッシュに聴こえてしまいそうなテンポで歌われてもなあ、というのが率直な感想。先ほど述べた「Tick Tack」という御自身のアレンジもあまり効果的とは思いません。

 ただ、ギターとのDUOの雰囲気はとてもよく、細かいことさえ気にしなければとてもいい演奏だと思いますし、一曲目として絶好のキャッチ曲です。奇しくもEBTGもTuck & PattiもギターとのDUOですね。この曲には合っているのでしょう。

 二曲目の「My Favorite Things」はとにかくものすごい。このアルバムの白眉でしょう、西島さんのアルコ挽きベースを核として、塊のように押し寄せる音数の多さはスリル満点、オーディオ的醍醐味満点の演奏。ただ、ケルト的アレンジというのはやや違和感あり。元々オーストリアを舞台とした「サウンド・オブ・ミュージック」の楽曲ですしね。

 三曲目の「Smile」に至ってようやく安心して聴けました。浩子さんの優しい歌声を聴くとチャップリンの「モダン・タイムス」の世界が鮮やかに脳裏によみがえってきます。ヤマカミヒトミさんのフルートがこの曲の持つ優しい世界をより際立たせていることは特筆すべきでしょう。楽曲としては一番お気に入りです。

 四曲目のスタンダード「Love Me Or Leave Me」 はビリー・ホリデイの持ち歌として有名ですが、ここでは浩子さんはスピード感あふれる歌唱を聴かせます。とにかく速くて疾走感抜群、西島さんのベースがウォーキングベースからジョギングベースになってしまいました。ちゃんと速く歌えるじゃん、と一曲目の感想に書いたのはこの曲です。

 ライナーを読むと、本家ビリー・ホリデイではなくアニタ・オデイの歌唱が好きでそれを下敷きにしたそうです。なるほどね。

 ラストはまたまた「サウンド・オブ・ミュージック」から「Edelweiss」。再びボーカル+ギターの静かな世界が戻ってきて終わります。

 もともとボーカル+ギターという試みで始めたMY ROOM企画、この三作目に至って楽器数を増やしアレンジにも凝って、鮮烈な音をオーディオファイルの元に届けてくれました。リファレンスとしてもオフ会用としてもお勧めの一枚だと思います。