ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

岸辺の旅

Kishibenotabi

 カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で黒沢清が監督賞を受賞した「岸辺の旅」を見てきました。神戸市出身の黒沢清は独特の作風の監督で、「CURE」で国際的に知られることになり、「トウキョウソナタ」でも今回と同じく、カンヌで「ある視点」部門監督賞を受賞しています。そう言えば「トウキョウソナタ」でもピアノ教室が出てきましたが、本作でも主人公がピアノ家庭教師と言う設定です。

 と、前置きが長くなりましたが、ではどうだったのかと問われると、う~ん、、、と返事に窮してしまいますね。良く言えば新しい形のロードムービーであり、鎮魂のオムニバス映画であると言えますが、エピソードが多い分だけ散漫で、全体として「何が言いたいんだ」感が否めないところが惜しかった、というのが正直な感想です。まあそれが黒沢清だと言われればそれまでなんですが。

 原作を読んでいないので映画のみでの判断ですが、脚本がちょっと良くなかったですね。観客に一々推測を強要するので、初見では見ていて解釈が追いつかない場面があり、更にはどう見ても不要・不可解なシーンもある。オムニバス的であるので一つ一つの「死」に関しては納得できても、肝心の二人の問題が散漫になってしまい、ラストシーンに今ひとつ感情移入できない。
 一つ一つのシーンは丁寧に作られており、カメラワークにしても明暗のつけ方もよく考えられており、色彩的にも見事な場面もあり、音楽にも凝っている。そして俳優陣の演技も良かったので、もっと感動できる作品であってしかるべきなのに惜しいと思いました。

『 2015年 日本・フランス合作映画 配給:ショウゲイト

スタッフ
監督: 黒沢清
原作: 湯本香樹実
脚本: 宇治田隆史、黒沢清
製作: 畠中達郎

キャスト
深津絵里浅野忠信小松政夫蒼井優村岡希美奥貫薫柄本明 他

湯本香樹実による同名小説を黒沢清監督が映画化し、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。深津絵里浅野忠信が主役となる夫婦を演じた。3年前に夫の優介が失踪した妻の瑞希は、その喪失感を経て、ようやくピアノを人に教える仕事を再開した。ある日、突然帰ってきた優介は「俺、死んだよ」と瑞希に告げる。「一緒に来ないか、きれいな場所があるんだ」との優介の言葉に瑞希は2人で旅に出る。それは優介が失踪からの3年間にお世話になった人々を訪ねていく旅だった。旅の中でお互いの深い愛を改めて感じていく2人だったが、瑞希が優介に永遠の別れを伝える時は刻一刻と近づいていた。 (映画.comより) 』

Img_0404

 主人公が3年前に死んだ夫と旅をするという設定自体に無理があるといえば無理があります。ただ、こういう設定は最近は増えてきましたので特に違和感はないですけどね。
 歯科医だった夫(浅野忠信)はある病気で妻(深津絵里)を悩ませた挙句、失踪する。実は遠い富山の海で入水自殺していたのですが、3年間かけて徒歩で自宅へ戻ってくる。好物だった白玉団子を妻が作った日に。
 帰ってきた彼は妻と普通に会話し、帰る途中で世話になった人々と再会するために旅に出ようと持ちかける。

 ストーリー中盤で妻と、夫の浮気相手だった病院職員(蒼井優)との対面の場面だけが生きている人間同士のエピソードであり、三つの旅先で待ち受けていた人々には何らかの形で「」がまとわりついている。
 その一つ一つが解決されていく状況をじっくりと描いていくのは良いのですが、先ほど述べたように、じゃあ一体主人公夫婦の問題は何だったのか、そしてどう解決されていくのかが、かなり後半にならないと見えてこない。これがもどかしかったです。

 それに最後の方で夫が農村の住民相手に「宇宙物理学」を講義するシーンも理解し難い。農村の人々が喜んであんな難解な理論に興味を抱くのはどう考えても無理があるし、一体あのシーンには何の意味があるのか、一応のこじつけはあるけど納得はし難がったです。

 良かったのは冒頭に書いたように一つ一つのシーンの丁寧な演出。明暗で死を暗示したり、小松政夫のベッドの背後の壁を趣味の花の写真の切り抜きで埋め尽くしたり、色彩とライティングは黒沢清らしいセンスが光っていました。

 また、子役の子がピアノを弾くシーンの遠近感であるとか、農村の様々な風景や滝の情景であったりとか。カメラワークも良かったです。本当に「最期」となる深津絵里浅野忠信のラブシーンもまずまずでした。深津絵里蒼井優の対面する場所だけはちょっとこれはないだろう感が否めませんでしたけどね。

 上手い俳優さんばかりで演技は安心してみていられました。その中でもやっぱり演技として見事だったのは先ほど述べた、妻深津絵里と愛人蒼井優の静かな対決シーンですね。ほんの数分程度のシーンなんですが久々に蒼井優の演技の凄みを観させていただきました。にこやかな微笑の中に勝ち誇った感じを出しているのが見事でした。それを受けて立つ深津絵里の自然体の演技も主役としての矜持を感じさせるものでした。

 というわけで、悪くはないけれどちょっと肩透かしを食ってしまった感が否めない作品でした。最後に「岸辺の旅」という題名ですが、あまり川の岸辺は出てきません。
 原作を読めば分かるんでしょうけど、おそらくは「彼岸との岸辺」、ベタな言い方をすれば三途の川の岸辺の旅なんでしょうね。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)