ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

田部京子ピアノ・リサイタル@神戸新聞・松方ホール

Tabekyouko

 金曜日と言えばマスターズ練習日なのですが、昨日はお休みして念願の田部京子さんのピアノ・リサイタルにでかけてきました。以前にもこのブログに書いたことがありますが、私は田部京子さんの大ファンで、特にシベリウスの「ロマンス」を是非一度生で聴きたいと思っていました。それが地元の神戸新聞松方ホールで聴けることが分かり、心待ちにしておりました。

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神戸新聞松方ホール屋外テラスより跳ね橋を望む)

 家内と二人で久しぶりの夜のハーバーランドを訪れ、ピアノリサイタルには最適の響きと大きさを持つ神戸新聞松方ホールの四列目真ん中という特等席で二人して二時間、田部京子さんがスタインウェイから紡ぎ出す透明感抜群の美音と、強奏部での強靭な打鍵音、弱音部での消え入りそうなひそやかなホールトーンに聞き惚れ、そして一挙手一投足に注視して日本の女性ピアニストの中でも確実に五指に入るであろう高度な技巧を目の当たりにすることができました。

 何やら偉そうなことを書きましたが、一言で言うと夢のような二時間でした。

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DATA:

2015年10月9日(金) 19:00-21:00
神戸松方ホール (神戸ハーバーランド

田部京子ピアノ・リサイタル
~ロマンスの情景~

『 日本を代表するピアニスト、田部京子ならではの美音と研ぎ澄まされた感性が織り成す音世界で、ロマンティックな名曲を堪能する一夜。(松方ホールHPより)』

田部京子 Piano (Steinway and Sons.)

Setlist
1: 吉松隆:プレイアデス舞曲集 “前奏曲の映像” 
2: 吉松隆:プレイアデス舞曲集 “線形のロマンス”
3: 吉松隆:プレイアデス舞曲集 “鳥のいる間奏曲”
4: 吉松隆:プレイアデス舞曲集 “真夜中のノエル”
MC
5: メンデルスゾーン: 無言歌集 “ないしょ話”
6: メンデルスゾーン: 無言歌集 “ベニスのゴンドラの歌第2番”
7: シベリウス: ロマンスop24-9
8: シベリウス: 「樹の組曲」op75 “ピヒラヤの花咲く時”
9: シベリウス: 「樹の組曲」op75 “樅の木”
10:シベリウス: 「花の組曲」op85  "ひなぎく"
11:シベリウス: 「5つのロマンティックな小品」op101 "ロマンティックな風景"
12:カッチーニ: アヴェ・マリア吉松隆編曲)
13:ドビュッシー: 月の光
intermission
14:グリーグ: 「ペール・ギュント」第1組曲 "朝"
15:グリーグ: 「ペール・ギュント」第1組曲 "オーゼの死"
16:グリーグ: 「ペール・ギュント」第1組曲 "アニトラの踊り"
17:グリーグ: 「ペール・ギュント」第1組曲 "山の魔王の宮殿にて"
18:グリーグ: 「抒情小曲集」 "アリエッタ"
19:グリーグ: 「抒情小曲集」 "ノクターン"
20:グリーグ: 「抒情小曲集」 "春に寄す"
21:グリーグ: 「抒情小曲集」 "小人の行進"
22:グリーグ: 「抒情小曲集」 "あなたのおそばに"
23:グリーグ: 「抒情小曲集」 "トロウドハウゲンの婚礼の日"
Encore
24:シューマン: トロイメライ
25:シューベルト: アヴェ・マリア (阪神淡路大震災20年に寄せて)

プレイアデス舞曲集

 定刻になり、松方ホール独特の木製の壁の一部となっている構造の扉が開き、薄紫のドレスをまとい銀の靴を履いた田部京子さんが登場。にこやかに一礼され、椅子に腰掛け、緩やかな動作で腕が、指が動き始めた途端、ホール全体にプレイアデス舞曲集の美しい旋律が流れ始めました。最初から陶然となるような美音です。吉松隆氏が

「音階の12の音を均等に使う20世紀の現代音楽がはまり込んだ泥沼から脱出するための精一杯の反抗として、プレイアデス(すばる)の七つの星にちなんで七つの音を使い、虹の七つの色を意識した現代ピアノのための新しい形をした前奏曲集」

と解説されているように、非常にシンプルで耳馴染みの良い美しい旋律が紡ぎだされていきます。何回も聴いたアルバムなのですが、その響きの美しさは松方ホールのホールトーン、スタインウェイ独特の高域の透明感ともあいまって美の極致。特に「真夜中のノエル」の美しい夢の中をたゆたうような旋律には感動しました。

 プレイアデスからの4曲が終わると一旦退席され拍手の中を再登場、MCが入ります。

「 通常のコンサートはホールいっぱいに音を響かせる大作曲家の大作を演奏するのですが、今回は美しいメロディを持つ小品をたくさん皆様に聴いていただきたいと企画しました。特に北欧のシベリウスグリーグフィンランドノルウェイという近い国ですが、有名なシベリウスならではの旋律と、ノルウェイ独特の五度和音を用いた民族音楽風の旋律の違いを味わっていただければと思います。メンデルスゾーンにしても大作ではなく旋律の美しい無言歌集から選択しました。選んでみるとピアノで始まってピアノで終わる曲が多いですが、その間の盛り上がる部分なども楽しんでいただけたらと思います。最後までお楽しみください。 」

というような概要だったと記憶しています。

メンデルスゾーン:無言歌集(抜粋)

 そして始まった曲は、若き日の彼女の出世作ともいえる「メンデルスゾーンの無言歌集」から「ないしょ話」と「ゴンドラの歌二番」。前者のイ長調でありながらどこは儚げな寂しさの漂う感じが素晴らしかったです。

 いよいよ待望のシベリウスの「ロマンス」!
 冒頭の秘めやかに左手で奏でられるテーマを右手が引き継いだ部分を聴いただけで心臓が高鳴り始めました。もう何十回と聴いて脳内にインプットされた進行の通りに、しかし明らかに透明感とデュナーミクに勝る演奏が繰り広げられていきます。最初の強奏部のペダリングの絶妙さとそのあとの駆け下りるが如くの下降旋律の美しさは絶品でした。その後の間奏部の印象が脳内演奏と微妙に違うような気がしましたが、響きの違いなのでしょう。でも、ひょっとしてひょっとしたらミストーンをうまくカバーされたのかもしれません。と言うのもその時田部さんの表情がわずかに曇った気がしたからです。でもそんなことは些細なことで、最後まで素晴らしい演奏が続き長年の夢がかなった嬉しさで終わってからも動悸がしばらくおさまりませんでした。

ロマンス~ピアノ小品集

 もちろんそのほかのシベリウスの小品も素晴らしく最後の「ロマンティックな風景」まで北欧のひんやりとした空気の透明感がホールを支配しているように思われました。

 カッチーニの「アヴェ・マリア」は吉松隆さんの編曲ですので、やはりシンプルで美しい旋律の中に特有のきらびやかさを感じさせました。

 前半最後の曲はアルバム「ロマンス」の中に収められているドビュッシーの「月の光」。ドビュッシー独特の印象派的なある種不思議な感覚の旋律が印象的な曲です。この曲も素晴らしかったですが、少し朧月夜的なくすぶった感じは、スタインウェイよりもベーゼンドルファーで聴きたかったかな、と欲張りなことを思っておりました。

 盛大な拍手の中、退席され、途中休憩に入りました。美しい夢から覚めたような感覚でインターミッションを迎えるのは実に久しぶりな気がしました。家内もシベリウスのファンなのでいたく感動したようです。

ホルベアの時代から~グリーグ作品集~

 後半はグリーグの作品集。まずはグリーグ自らがピアノ用に編曲した、かの有名な「ペール・ギュント組曲」。
 もちろん「」から始まります。ソミレドレミソミレドレミレミソミソラミラソミレドという誰にでも弾ける実に単純な旋律が、超一流のピアニストの手にかかるとこうも美しく響くのか、というごく単純な驚きがありました。その旋律に入る前の左手のふくよかな冒頭音の響かせ方も素晴らしい。
 続いての「オーゼの死」の単純な主題旋律にしてもそうです。深い悲しみが心にひたひたと押し寄せて来ました。
 最初にMCされた独特の民族音楽的「アニトラの踊り」を経て圧巻は「山の魔王の宮殿にて」。田部さんの上腕がダイナミックに動き、手首から指先までが猛禽類の如く鍵盤を獲物であるかのように攻めていきます。そこから生み出されるダイナミックなリズムと強靭な音がホール全体に広がっていきました。見事、としか言いようの無い田部流のデュナーミクアゴーギクの技巧の極致を見せていただきました。

 「抒情小曲集」は名前の通り、一転して静かな曲調のものが多かったです。「アリエッタ」は「ロマンス」にも入っているので聴き馴染みがあり、安心して聴けました。ごく短い曲なのですが、テーマが重層しており結構深い逸品です。
 「ノクターン」はこの作品集の中でも最も有名な曲ですが、田部さんの手にかかるとまた違った表情を見せてくれました。特に最後のゆっくりとした大きな打鍵が終了してから、残響が完全に消えいくまでの美しさが抜群でした。これはやはりホールでの生演奏ならではの楽しみだと思います。

 この曲が収録されている「ホルベアの時代から」は持っていなかったのでリサイタル前に購入しました。もちろんサインを頂くためでもあるのですが。

 「春に寄す」のどこか懐かしさを感じるメロディ、一転してアップテンポで小気味よい「小人の行進」はどこかユーモラス。CDを見ると原題は「トロルたちの行進」なんですね。トロルで有名なのはあのムーミン。そう思って聴くととても面白い。そしてまた静かで美しい旋律の小品「あなたのおそばに」、そして最後は「トロウドハウゲンの婚礼の日」。
 トロウドハウゲンはグリーグ夫妻の住まいがあった土地で現在その家は「グリーグハウス」として音楽祭に用いられているそうです。元々は友人の誕生祝のために書かれたそうですがグリーグ夫妻の銀婚式の年でもあったため、現在のタイトルが付けられました。軽やかで滑るような旋律が繰り返されるたびに段々盛り上がっていく様はまさにお祝いの曲に相応しく、終曲としても盛り上がりました。

 最後の一音が空に消えたタイミングを見計らって「Bravo!」の声が後ろのほうから聞こえて来て盛大な拍手の中、田部さんが退場。

 アンコール一曲目はシューマントロイメライ、そして二曲目は

「今年が阪神淡路大震災からちょうど20年を迎えるということで鎮魂の思いをこめて最後の曲を弾かせていただきます」

と述べられてシューベルトの「アヴェ・マリア」を演奏していただきました。私はキリスト教徒ではないのですが、やはりあの有名な旋律には深く心に染み入るものがありました。

 こうして夢のような二時間が過ぎました。

 最後に一言だけオーディオ的なことを言うと、スタインウェイの高音域はあの松方ホールでさえ、結構きついですね。「プレイアデス舞曲集」はスタインウェイにぴったりだと思いますが、その他の曲、特に後半になるとさすがにちょっと聴き疲れしてきて、グリーグなどはベーゼンドルファーで聴きたかった気がします。まあ贅沢な望みではあるのですが。

 そして唯一不満だったのが、お客さんの入りです。なんと信じられないことに一階席(576席)でさえ前半分くらいしか埋まっていないのです。二階席は人もまばら。この客数が少なかったことも高音域のきつさにつながっているのかもしれません。
 確かに小品のプログラムではあったのですが、田部京子さんほどの方がわざわざ神戸に来てくださるのに、そして神戸新聞が毎日のように宣伝を載せていたのに残念です。逆に言うと熱心なファンばかりが集まったわけでいい客層ではあったと思うのですが、その人数が神戸にしてこれか、という落胆の思いがありました。

 まあそれはともかく、終了後サイン会の列に並ぶことしばし、サイン会の列に並ぶことしばし、にこやかに田部さんが現れました。
 「田部さんのロマンスをいつか聴きたいと思っていました。夢がかなって最高です。グリーグも素晴らしかったのでこれからこのアルバムを大切に聴かせていただきます。」と申し上げて「ありがとうございます。是非末永く聴いてくださいね。」と言っていただきました。「是非また松方ホールにいらしてください。必ず参ります。」と申し上げて会場を後にしました。感無量でした。昨晩は夢の中でもまだコンサートでの田部さんの演奏を聴いていました。