クラシックのヴァイオリン紹介と言えば、ヒラリーとムローヴァしか知らんのか、と言われそうですが、またまた大好きなヒラリー・ハーンの新譜紹介です。今回はパーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとの共演で、ヴァイオリン協奏曲が二曲収録されています。
ヒラリーのヴァイコンは、ほぼいつも二曲収録で、一曲は有名どころの売れ線曲(チャイコフスキー、シベリウス等)、もう一曲はチャレンジングな難曲や現代作家曲(ヒグドンやシェーンベルグ等)をカップリングさせていることが多いです。
そういう意味では今回はメインがモーツァルトの第5番イ長調「トルコ風」(以下モーツァルト5)、そしてカップリング曲としてヴァイオリニストだったヴュータンの第4番ニ短調(以下ヴュータン4)ということになりますか。
しかし、今回は二曲とも素晴らしくかつ親しみやすい曲で優劣がつけがたいです。パーヴォ・ヤルヴィの指揮する室内音楽的な小規模のオケ・ブレーメンの実力が高く、とても良くまとまっていることもその一因かもしれません。
もちろんヒラリーの演奏も完璧です。それもそのはず、自身のライナーノートを読むと、二曲とも子供の頃から練習を重ねてきた愛着のある曲で、いつかは録音したいと熱望し、その機会をじっと待っていたそうですから。
ちなみにヴュータン4は5歳の頃ヴァイオリン・サマー・キャンプに参加した際出会い、10歳まで指導を受けたロシア人移民のMrs Klara Bercovich先生に最後に教えてもらった大曲で、1990年2月のファーストリサイタルで演じた曲目とのこと。
そして次に指導を受けた指導者はCurtis Institute of MusicのJascha Brosky先生で、7年間彼の元に師事しました。そしてモーツァルト5は彼に一番最初に教わった曲だそうです。
『 女性ヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンが伝統的レパートリーを演奏したアルバム。共演はパーヴォ・ヤルヴィ指揮のドイツ・カンマーフィル。モーツァルトが作曲したヴァイオリン協奏曲の頂点ともいえる、充実した筆致で人気のある第5番≪トルコ風≫他を収録。
(邦盤AMAZON解説より)』
1. ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 ≪トルコ風≫ 第1楽章:Allegro aperto
2. ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 ≪トルコ風≫ 第2楽章:Adagio
3. ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 ≪トルコ風≫ 第3楽章:Rondeau:Tempo di Menuetto
4. ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 作品31 第1楽章:Andante-Moderato
5. ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 作品31 第2楽章:Adagio religioso
6. ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 作品31 第3楽章:Scherzo:Vivace-Trio:Meno mosso
7. ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 作品31 第4楽章:Finale marziale:Andante-Allegro
それだけ幼い頃、若い頃からトレーニングを受けた曲を今のヒラリー・ハーンか弾くのですから、技巧に関してとやかく言う必要はまったくありません。
どちらの曲でも演奏でもヒラリーは愛器ヴィヨームの柔らかく懐の深い音色を十分に引き出しながらも、徒にテクニックをアピールするようなことはせず、実に丁寧に弾きこんでいます。
モーツァルト5のアダージョではこの上なく美しい調べを奏でたり、、ヴュータン4のスケルツォでは弦の擦過音がマイクに拾われるのにもかまわずに一気呵成に弾ききったり、曲想の指定にあくまでも忠実でありながら、その表情は多彩です。クール・ビューティといわれる彼女ですが、内に秘めた情熱が知性的な演奏の背後に陽炎のように匂い立つ、素晴らしい演奏だと思います。
そして先ほど述べたようにドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの統率の取れた見事な演奏で、二つの表情の異なる協奏曲を見事に演じ分けています。
ヒラリーもライナーノートで、原曲に忠実にこのフィルハーモニーとリハーサルを重ねて、ソロパートとオケの演奏を融和させていくことが何よりも重要だった、そして録音の時点では完璧にあわせることができたと書いています。
指揮者パーヴォ・ヤルヴィの解釈もヒラリーの考えと一致し、古典は古典として忠実に演奏しています。モーツァルト5では弦楽部を小規模でまとめ、かつピリオド奏法をとらせているために全体に「コンチェルト」という名前から想像するよりもずっと質素な演奏に聞こえます。しかし、それがまとまりのよさとなり、ヒラリーのソロを引き立たせ、そして終章の「トルコ風」の部分では、ヒラリーのソロに追随し節度を保ちながらも演奏を盛り上げていく様は見事の一言。
ヴュータン4は、ヴュータン自身がヴァイオリニストだっただけあって、随所に技巧を要するソロががちりばめられた、典型的なロマン派的作品ですが、オーケストラパートもよく曲想が練られており、聴き所の多い華麗な曲です。ステレオサウンドで最近この第四楽章がオーディオ試聴に用いられているのも頷けます。チェロ、コントラバスの深くふくよかな低音も聴かせどころの一つとなっています。
ヒラリーのソロはおそらく実際のコンサートではもう少しケレンを効かせた情熱的な演奏をするのでしょうけれども、ここではあくまでもオケとの調和を取りつつ、曲の構成と調和を優先させ、ヴュータンの目指した「浪漫」性を忠実に再現しています。
それでも先ほど述べたように、第三楽章のスケルツォでは驚くほど烈しい演奏も見せてくれますが、そのまま突っ走るのではなく、押すところは押す、引く所は引くのツボを心得た演奏は見事なものです。この第三楽章から終楽章のフィナーレに至るあたりがこのアルバムの白眉ではないかと思います。
ヴュータンが技巧の限りを尽くしたスコアをこれほどまでに完璧に弾きこなせるのも、子供のころから研鑽を重ね、トップ・ヴァイオリニストとしてはっきりと自分の演奏スタイルを確立したヒラリーならではでしょう。
もう誉め言葉ばかりで、完全にミーハーと化してしまってますが、モスト・フェイバリット・ヴァイオリニストなのでご容赦を。余談を一つ書いておくと、ライナーの5歳の頃の前歯の一本欠けたあどけないヒラリーとBercovich先生とのツーショットはとっても可愛いです。