ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ドビュッシー:前奏曲集第1巻、第2巻 1873年製 プレイエル使用 / 佐々木宏子

ドビュッシー:前奏曲集第1巻、第2巻 1873年製 プレイエル使用

  クラシック・ピアノというと普通はスタインウェイ(アメリカン、ハンブルガー)、ベーゼンドルファーヤマハのCF-IIIのグランドピアノというのが常識的なチョイスですが、惜しくも2013年に製造を中止したフランスのプレイエルというピアノ会社がありました。創業は1807年と古く、ショパンが愛した名機として有名です。

 その特徴としては

1: 鍵盤が軽く、繊細でやわらかく澄んだ音色でかつ「シンギングトーン」と呼ばれる歌声のような伸びのある響き 方をする。

2: 音量があまり出ない(特に高音ほど音が小さい)反面、弱い音でも音色が変化する。

3: 鍵盤が完全に上がりきらないと次の音が出ないので、連打ができない。

4: 美術品のように美しいデザインで、品格がある。

など、他のピアノとは一線を画しています。

  ちなみにショパンのピアノ楽譜においてよく見られる高音域のクレシェンドは、プレイエルのピアノで弾く前提で書かれていたそうで、決して音を大きくするという意味ではなく、高音域に移行しても同じ音量を保つという意味だそうです。

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 さて、佐々木宏子さんというピアニストは、13歳の時にあの内田光子さんに才能を見出されて渡英、ユーディ・メニューインスクールに入学し、内田さんを始め多くのピアニストの薫陶を受け、今や世界で活躍されているそうです。

 ライナーノートによりますと、彼女はずっとドビュッシー前奏曲を録音したいと思っていたそうなのですが、様々なグランドピアノを試したけれども納得がいかず、その様な時に偶然ニューヨークのKlavierhausで日本風の典雅な装飾(ジャケット写真の赤地に金の装飾です)がなされたプレイエルをみてその装飾の美しさに魅入られてしまったそうです。

 ただ彼女は以前もプレイエルを弾いたことがあり、幾多の制限の多さにそれで録音しようとは思っていなかったそうです。しかしその1873年製のプレイエルを弾いてみると、他の現代のグランドピアノでは成し得ない前奏曲集の表現を出来る可能性を見出し、ドビュッシーも愛したというこの機種での録音を決意されたとのことです。

Debussy: Préludes, Book I & II

Book I
1. Danseuses de Delphes (Dancers of Delphi)
2. Voiles (Veils; Sails)
3. Le vent dans la plaine (The wind on the plain)
4. Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir
   (Sounds and perfumes mingle in the evening air)
5. Les collines d’Anacapri (The hills of Anacapri)
6. Des pas sur la neige (Footprints in the snow)
7. Ce qu’a vu le Vent d’Ouest (What the west wind saw)
8. La fille aux cheveux de lin(The girl with the flaxen hair)
9. La serenade interrompue (The interrupted serenade)
10. La Cathedrale engloutie (The sunken cathedral)
11. La danse de Puck (Puck’s dance)
12. Minstrels

Book II
1. Brouillards (Fog)
2. Feuilles mortes (Dead Leaves)
3. La Puerta del Vino(Gateway of the Alhambra Palace in Granada)
4. Les Fees sont d’exquises danseuses(Fairies are exquisite dancers)
5. Bruyeres (Heather)
6. General Lavine–eccentric
7. La terrasse des audiences du clair de lune
   (The Terrace for Moonlight Audiences)
8. Ondine
9. Hommage a S.Pickwick Esq. P.P.M.P.C.
10. Canope
11. Les tierces alternees (Alternating Thirds)
12. Feux d’Artifice (Fireworks)

Hiroko Sasaski(Pf), Pleyel 1873

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 確かに以前紹介したNino Gvetadzeドビュッシー(Dutch National Music Instrument Foundation貸与のSteinway grand Piano)に比べると、ダイナミックレンジは狭く低音の重みも豊かではありませんし、高域も線が細い感じが確かにあります。正直なところ流し聴きすると、チェンバロまではいきませんがアップライトのピアノのような「素朴」な感じです。

 しかしその軽いタッチの中に潜む、柔らかくも中域の充実した音色の美しさを聴き取った時、その印象は一変します。文字通り「印象」派のドビュッシーが実際に自分で演奏して目指していたのはこの音だったのではないか、と納得できるような前奏曲の数々に息を呑む思いがします。「デルフィの舞姫」「」「西風の見たもの」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺院」「」「水の精」などの聴き慣れた曲にも、古いピアノから新たな命が吹き込まれたような不思議な感覚を覚えました。

 連打の聞かない、高音の音量が低いと言われるこのプレイエルを自在に弾きこなす佐々木さんのテクニックも素晴らしいの一言。「」などで聴くことのできる、連打できないはずのプレイエルから生み出される左手のサステインの効いた低音の連打、音量を出しにくいはずの高音域の奔流のように乱れ飛ぶ速弾きには惚れ惚れします。

 先に紹介したニーノのゆったりとしたテンポの演奏とは対照的な現代的なドビュッシーが古い楽器から紡ぎだされることには驚きを禁じえません。これに関しての詳細な技術解説は例によって例の如く、Music Arenaレビューをご参照ください。

 古いピアノで調整も大変だったと思われ、幾つかの強音部では軋みのような音も聞こえますが、録音自体は中庸を得た、大変真っ当なものだと思います。

 佐々木さんのライナーノートも、自信たっぷりにこう結ばれています。

" So here it is. I hope that I might share something of what this unique instrument gave to me. "