ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

Birdman

 先日紹介した「セッション」とともに是非とも観たかった映画「バードマン」をようやく見てきました。2014年度のアカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞の4冠に輝いた映画ですが、編集賞を何故撮れなかったのか、疑問に思えるほどの凝りに凝った作品でした。

 FOX Searchlight Picturesは20年前に20世紀FOXの子会社として設立されたディペンデント色の濃い映画を作る部門ですが、本当に良い映画を作り続けていますね。この映画はその一つの結実ではないでしょうか。

『 原題: Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
2014年 アメリカ映画、配給:20世紀フォックス映画

スタッフ
監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ニコラス・ヒアコボーネ、アレクサンダー・ディネラリス・Jr.、アルマンド・ボー
撮影: エマニュエル・ルベツキ
編集: ダグラス・クライズ、スティーブン・ミリオン
音楽: アントニオ・サンチェス

キャスト
マイケル・キートンザック・ガリフィアナキスエドワード・ノートンアンドレア・ライズ、エイミー・ライアンエマ・ストーン、他

「バベル」「21グラム」など、シリアスな人間ドラマで高い評価を得ているメキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がダークファタジーに挑戦。第87回アカデミー賞では同年度最多タイの9部門でノミネートされ、作品賞、監督賞を含む4部門を受賞した。「バードマン」というヒーロー映画で一世を風靡した俳優が再起をかけてブロードウェイの舞台に挑む姿を、「バットマン」のマイケル・キートン主演で描いた。かつてスーパーヒーロー映画「バードマン」で世界的な人気を博しながらも、現在は失意の底にいる俳優リーガン・トムソンは、復活をかけたブロードウェイの舞台に挑むことに。レイモンド・カーバーの「愛について語るときに我々の語ること」を自ら脚色し、演出も主演も兼ねて一世一代の大舞台にのぞもうとした矢先、出演俳優が大怪我をして降板。代役に実力派俳優マイク・シャイナーを迎えるが、マイクの才能に脅かされたリーガンは、次第に精神的に追い詰められていく。

(映画.comより) 』

 冒頭、暗転したスクリーンにアトランダムにアルファベットが浮かび上がってきて、一篇の詩となります。

And did you get what
you wanted from this life, even so?
I did.
And what did you want?
To call myself beloved, to feel myself
beloved on the earth.

 

by Raymond Carver

 続いてアルファベットが次々と消えていき、b,i,r,d,m,a,nの6文字だけが残ってタイトルロールの「BIRDMAN」となるところは最高にクールです。そして更に期待を煽らせるドラムのリズム。
 ちなみにこの詩は「A New Path to the Waterfall」というレイの遺作詩集の最後の詩「Late Fragment」です。村上春樹はレイが好きで何冊も訳していますが、この詩集も「滝への新しい小径」という邦題で出版されており、私も好きな詩だったのでちょっと鳥肌が立つ思いでした。字幕訳は村上春樹の柔らかく丁寧なものと違いそっけなかったですが、これは字幕だから仕方ないです。

 ところが、映画のファーストショットがなんじゃこれは?というくらい奇妙。

 「Balls(字幕は股間でしたがキ○タ○ですね)の臭いのする」しけた劇場の楽屋で体型の崩れた中年男がパンツ一丁で背を向けて空中浮遊しているのです。
 タイトルロールとは正反対のダサさ。実はこの男、かつて大ヒットしたハリウッド映画「バードマン」の映画主人公で今はブロードウェイ演劇で一発当てて再起を目論んでいます。何故空中浮遊できるのか?それは彼がバードマンだから(笑。

 てなわけでもう不安いっぱいの出だしですが、そこからが凄かった。映画史上に残るであろう超絶ワンカットで映画中演劇「愛について語るときに我々の語ること」(これも村上春樹訳で出版されています)の初日のラストシーンまで一切の絶え間なく物語は続いていきます。途中で居眠りしたり、目をそらせたり、ましてやトイレに立つなど問題外。一瞬でも見逃せばこの映画の真髄を理解することは出来ません。

 この作品でオスカーを獲ったアレハンドロ・G・イニャリトゥの演出、脚本の内容の濃さもさることながら、かつてバットマンの主役で一世を風靡したポストモダン的現実味のある主役マイケル・キートン、超絶に演技の上手いエドワード・ノートン、これもまたアメイジングスパイダーマンのヒロインでありながら薬物中毒のリハビリを受けた主役の娘兼マネージャーという難役を引き受けたエマ・ストーン等々のそれぞれの個性の光る演技、どうやって撮ったんだろうと不思議になる撮影と編集、そしてアントニオ・サンチェスのドラムの抜群のグルーブ感と随所にはさまれるマーラーラフマニノフの対比の見事な音楽。

 何もかもが合わさって「才能がもたらす予期せぬ奇跡」の一本となっています。敢えて瑕疵をあげるとすれば、映画俳優には厳しいブロードウェイ演劇批評の大家タビサが、自分がもたらしたものと知ってか知らずか、ラストシーンの「演出」を

無知がもたらす予期せぬ奇跡

と絶賛するところ。彼女がそれほど甘くはないと思うし。現実にあんなことが起これば批評どころではないでしょう。そういう意味では後日譚も甘いと言えば甘い。

 でも良いのです。これは「ハリウッド映画」のファンタジーなのです。

 劇中劇をもじって言えば

ハリウッドのアメコミ特撮映画と小難しいブロードウェイ演劇について語るときに我々の語るべき映画

でしょう。10年に一本の傑作だと思います。

A: 傑作

(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)