ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

悼む人

Itamuhito

 公開中の映画「悼む人」を観てきました。天童荒太の原作を読んで深く心に残っていた作品ですが、まさか映画化されるとは思っていませんでした。長い長い物語で最後は主人公からその母親にフォーカスが移っていくのでなかなかに脚本・演出は難しいだろうなあ、と思っていました。
 しかし事前に情報を見ると堤幸彦大森寿美男がタッグを組み、キャストも高良健吾石田ゆり子井浦新貫地谷しほりと私好みの若手、中堅俳優さんが出ており、楽しみにしていたのですが果たしてその出来やいかに?

 一言、素晴らしかったです。もちろん映画化するにあたってはやむを得ない原作からの改変省略等はありますが、140分弱の映像で過不足なく、そしてひるむことなく小説の真髄を表現してみせた堤幸彦の手腕、大森寿美男の脚本に脱帽です。堤さんは「TRICK」シリーズ、「SPEC」シリーズ、「二十世紀少年」三部作など娯楽映画のイメージの強い人ですが2013年の「くちづけ」といい、この映画といい、シリアスなドラマもちゃんとこなされる、本当にオールマイティな、映画つくりのツボを心得た方ですね。

 決して万人受けする映画ではありませんが、人の死を悼むこととは何かを考える機会を与えてくれる映画です。ただ、生半可な気持ちで見ると火傷をしますのでご注意を。

『 2015年 日本映画 配給:東映 R15+
スタッフ
監督: 堤幸彦
原作: 天童荒太
脚本: 大森寿美男
製作代表: 木下直哉

キャスト
高良健吾石田ゆり子井浦新貫地谷しほり山本裕典大竹しのぶ 他

第140回直木賞を受賞した天童荒太のベストセラー小説を映画化。事件や事故に巻き込まれて亡くなった人々を「悼む」ため全国を放浪する青年・坂築静人や、かつて夫を殺してしまった女性、病に冒された静人の母、静人を追う週刊誌記者といった人物が織りなすドラマを通し、人の生や死、罪と赦しを描いた。週刊誌記者・蒔野抗太郎は、死者を「悼む」ために全国を旅しているという青年・坂築静人と出会う。蒔野は残忍な殺人や男女の愛憎がらみの記事を得意とし、日々そうした情報に触れていることから、人の善意などすでに信じることができずにいた。静人の「悼む」という行為も偽善ではないかと猜疑心を抱き、化けの皮をはいでやろうと思った蒔野は、静人の身辺を調べ始めるが……。主人公・静人役に高良健吾が扮し、静人の旅に同伴するヒロイン・奈義倖世役に石田ゆり子。そのほか井浦新貫地谷しほり椎名桔平大竹しのぶという実力派が共演。2012年に上演された舞台版でも演出も手がけた堤幸彦監督がメガホンをとった。(映画.comより) 』 

 日本各地を旅してまわり、地元の新聞で事件や事故に巻なき込まれて亡くなった人々を悼み続ける、という特異な行為が延々と続く原作をどう映画は処理するのか?これが実に巧かったです。

 映画冒頭で、東北の美しい風景の中を歩き、悼みの儀式(かがんで右手を天にかざして胸に当て、左手を地を這わせて胸に重ねてつぶやく)を行う坂築静人高良健吾)の姿を映しつつ、様々な悼みの言葉をマルチチャンネルスピーカーの特性を利用して前後左右様々な方向から重ねるようにしていくつもいくつも流します。
 原作を知る者にとってはなるほど、と思う演出。音で来たか!という驚きと感心がありました。

 その後彼の家族、彼を知り後のストーリーに深く関わっていく人物像が手際よく描かれていきます。

 まず母(大竹しのぶ)は末期癌で治療を拒否し自宅療養を選択します。
 そして父(平田満)は対人恐怖症でまともに他人と接することが出来ません。
 妹見汐(貫地谷しほり)は有力議員の息子と結婚予定でしたが、静人がたびたび警察から紹介があることを理由に破談にされ、なおかつ妊娠している子を堕胎するよう迫られます。兄を恨み、婚約者に「この子に父はいない」と別れの言葉を投げつけ、未婚の母になる道を選びます。
 

 そして「エグノ」と揶揄されるほど悪意に満ちた煽動的な記事をを書き続ける週刊誌記者蒔野幸太郎(椎名桔平)は、父に捨てられた恨みを持ち続け、父の後妻から父が危篤で会いたがっていると懇願されても一切耳を貸しません。

 そして夫殺しの烙印を背負って活きる薄幸の女奈儀倖世(石田ゆり子)。幼い頃から男に暴力を受け続け、やっと見つけた安息の地である駆け込み寺を経営する甲水朔也(井浦新)と結婚するも、彼もまた異常性格の持ち主で、やむなく彼を殺してしまい死後も彼にまとわり憑かれています。

 これだけ暗い設定ばかりだと気が滅入るばかりですが、山本裕典演じる静人の従弟や、戸田恵子演じる旅の途中の医院の女院長などがアクセントになり、更には東北から北関東の美しい風景を捉えたカメラワークが一種異様なロードムービーを優しく包んでくれているので、さほど気が滅入るようなことはありません。

 公開中なので詳しいストーリーの説明は避けますが、これらの登場人物が有機的に絡み合い、物語は小説よりもずっと理解しやすくなっていますし、納得のいく仕上がりとなっています。

 そしてよく練られたストーリーと厳しい演出に応えた俳優陣の演技は素晴らしいと思いました。
 頭の中で描いていた主人公そのものだった高良健吾、苛烈で演技すること自体がトラウマになるのではと思うほどの役柄を演じきった石田ゆり子、わざと妻に自分を殺させて死後もまとわりついて離れないという憎憎しい男がはまり役の井浦新、そして久々の汚れ役で迫真の演技を見せてくれた椎名桔平、この四人の演技は久々に心にグサッと突き刺さるものがありました。
 特に石田ゆり子は、以前「死に行く妻との旅路」でも薄幸の女性を演じきりましたが、今回はさらにその上をいく演技。一見清楚で大人しい感じの彼女ですが、役者根性は相当のものとお見受けしました。事前には彼女の濡れ場が喧伝されていましたが、それほど露出度は高くなく、だからヒットしなかったのだという的外れな意見もありますが、元々濡れ場を強調するような映画ではありません。

 大竹しのぶ平田満戸田恵子あたりはもちろん安心してみていられますし、演技派貫地谷しほりは出番こそ少なかったものの主人公のせいで破談になった子を産むという難しい設定をものともせずに演じきっていました。

 残念ながら興行的には芳しくないようですが、元々万人受けするような内容の映画ではありません。東映もその辺を見誤ったかなと思いますね、どちらかと言えばミニシアター系で地道に評判を積み上げていって静かなブームを起こすような展開戦略のほうが良かったと思います。とにかく歯ごたえのある邦画を見たい方にはお勧めです。

評価: B:秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)