ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

火星に住むつもりかい?-Life On Mars?- / 伊坂幸太郎

火星に住むつもりかい?

 久々の伊坂幸太郎。以前ビートルズの「ゴールデン・スランバー」を題名にしたことがありましたが、今回は何とデヴィッド・ボウイの初期のアルバム「Hunky Dory」収録の名曲「Life On Mars?」を持ってきました!ボウイファンの私は一も二もなく購入、久々の伊坂節を堪能、ボウイの名曲にインスパイアされた彼らしいディスユートピア小説となっていました。

 舞台はいつもの如く仙台。警察組織の中に「平和警察」なる部署が誕生ました。テロリストや危険分子を町から排除して未然に治安の悪化を予防する目的で創設され、いくつかの地域で実績を上げてついに仙台にやってきたのです。
 ところがこの平和警察の職員選抜試験の基準はなんと「サディスト嗜好」のある者というところがなにやら怪しい。そう、これは現代の魔女狩りなのです。

平和警察に睨まれた人物とは、つまり(実際はどうあれ)危険人物に他ならない。中世の魔女狩りでは、魔女と疑われた人物は、拷問によって死ぬか、もしくは魔女だと自白して処刑されるかのどちらかの選択肢しかなかった」(カッコ内は私の注釈)

 だから平和警察に引っ張られてしまえば、無実はありえない。現代風な無機質なギロチンで公開処刑されるしかないのです。これが犯罪の抑止力になるのは数字が示しています。しかし何かおかしいと思いませんか?

 おかしいと思った人物は、例えばひそかに平和警察に反抗しようとする地下組織に協力します。しかしそれも罠ではないとの保証はあるのでしょうか?
 となると個人で自分の知っている範囲内の人を守ろうとするしかない。そのための武器を偶然手に入れた「正義の味方」君は序盤で活躍します。いったい彼の正体は?そして奇妙な武器の正体は?

 軽妙でテンポの良い伊坂節は健在。ぐいぐい読者を引っ張っていきます。対抗する平和警察に呼ばれた真壁という人物も実に魅力的。昆虫が種として生き残るための様々な手段を延々と説明し続けるのが面白いのですが、それが最後の最後に伏線として生きてくるのは見事。
 そして武器となるものの意外さもニヤリ。実はこのブログの常連さんにはおなじみ、オーディオのスピーカーにも頻用されるネオジウム(小説内ではネオジムと記載)なのです。

 さて、ローカルな正義の味方君は最後に罠と知りつつ、公開処刑されそうな少年を助けようと悲壮な覚悟で出陣するのですが、案の定それは罠、敢え無く捕まって絶体絶命。さあ彼の運命は?

 ここから先は出版されたばかりなので伏せておきますが、一転二転三転くらいする目まぐるしいどんでん返しが待っています。平和警察を壊せるのは同じ匂いのするクロオオアリしかない。でもそうなったって世の中は良くなるわけじゃない。

 「世の中は良くなったりはしないんだから、それが嫌なら、火星にでも行って、住むしかない」

 伊坂らしい皮肉に満ちたディスユートピア小説の閉め方です。でもあとがきを読んでちょっと驚き。

『 自分でもどうにもならない恐ろしいニュースを目にし、落ち込んだ時、デヴィッド・ボウイの名曲「Life On Mars?」を聴くことがあります。この曲名の和訳は、この本のタイトルのような意味だと(調べもせず)勝手に思い込んでいたのですが、実際には、「火星に生物が?」という意味だと知り、恥ずかしくなった思い出があります。』

 私も伊坂の言うとおり「火星に住むつもりかい?」が正しいのだと思っていました。この曲のサビはこうなっています。

Take a look at the lawman
Beating up the wrong guy
Oh man! Wonder if he'll ever know
He's in the best selling show
Is there life on Mars?

 う~ん、やっぱりそうなのかな?伊坂流解釈でもいいと思いますけどね。ちなみにこの曲はアメリカのスタンダードナンバー「My Way」を皮肉った曲だと言われています。コード進行も「My Way」とそっくりに作ってあります。初期ボウイの反骨精神を取り込むことで伊坂幸太郎は自らをリフレッシュし、いい作品を作り上げたと思います。