ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

おやすみなさいを言いたくて

Thousandtimes

 予告編を観てこの冬一番楽しみにしていた映画「おやすみなさいを言いたくて」を観てきました。もう最初から最後まで涙、胸が締め付けられて苦しくなるほどの感動を与えてくれる、そして永遠に解けない質問をラストに観るものに突きつけて来る、素晴らしい作品でした。エンドロールでAne Brunの美しい曲「Daring To Love」が流れてきた時にはもう放心状態でした。

『 「A Thousand Times Good Night」
2013年 ノルウェーアイルランドスウェーデン映画、配給:KADOKAWA

スタッフ
監督: エリック・ポッペ
脚本: エリック・ポッペ、ハーラル・ローセンローブ=エーグ、カーステン・シェリダン
撮影: ジョン・クリスティアン・ローゼンルンド

キャスト
ジュリエット・ビノシュ 、ニコライ・コスター=ワルドウ、ローリン・キャニー、マリア・ドイル・ケネディ、ラリー・マレン・Jr.

 イングリッシュ・ペイシェント」のジュリエット・ビノシュが、家族への愛と仕事への情熱との間で揺れうごく報道写真家の女性を熱演したヒューマンドラマ。アイルランドの海辺の町。夫マーカスや2人の娘たちと暮らす報道写真家レベッカは、戦争の真実を伝えるべく世界中を飛びまわる多忙な毎日を送っていた。そんなある日、取材中に生命の危機にさらされた彼女は、今後は危険な場所へ行かないことを家族から約束させられてしまう。これをきっかけに家族の本心と向きあうようになった彼女は、自分の仕事が愛する夫や娘たちの心に負担をかけていることに気づく。共演に、アイルランドの人気ロックバンド「U2」のドラマーであるラリー・マレン・Jr.。 (映画.comより)』

 映画の冒頭、一条の光がそこが埃まみれであることを教えてくれます。その光が照らしているのは女性主人公、報道写真家のレベッカの目。実は差し込む光は銃弾の穴の開いたトラックの後部ドアからのもの。開け放つと、そこはイスラムの墓地。いましも、数名の女性が掘られた穴の底に横たわる女性に祈りを捧げています。しかしその女性は目を開け、穴の底からはしごで出てきます。
 やらせを撮っているのか?と一瞬困惑しますが、その女性が隠れ家で穢れを落とし清められ、胴体にダイナマイトの束を何束と無く巻きつけられるに及んでようやく事態の深刻さがわかってきます。
 そのシーンの美しさが際立っているだけにその行為との乖離に戦慄が走ります。しかしレベッカは落ち着き払って写真を撮り続け、その女性の乗る車に同行してまで彼女を撮り続けます。
 その自爆テロの爆風をまともに受けたレベッカは最後の力を振り絞り数枚の写真を撮り気を失います。

 気がつくとそこはドバイの病院。夫である海洋学マーカスアイルランドから看病に来てくれていました。しかし夫の態度はどこかぎこちない。そしてアイルランドの美しい浜辺にある自宅に帰ってみると、まだ幼い次女リサは無邪気に喜んでくれましたが、もう分別のつく年代に達したステフはどこか拒否的な態度をとります。

 そう、家族はいつ妻が母が死ぬかもしれない、と怯えて暮らす生活に耐えられなくなっていたのです。

 レベッカは夫に言います。「あなたは私の”情熱”に惚れこんで結婚してくれたんじゃなかったの?」と。

 確かに最初はそうでした。報道写真家として世界的な名声を得ている、そしてそれだけの価値のある仕事をしてきたレベッカ

 彼女がコンゴ第二次世界大戦以来の死者を出した大虐殺を取材している時、世界はパリス・ヒルトンのゴシップに沸き立っていました。

 今回アフガニスタンで女性の自爆テロを命がけで取材した写真はアメリカ国防総省から自爆テロを美化していると封殺されかかった。

 そして安全な取材だといわれ、以外にも彼女の仕事に興味を抱いてくれていたステフに懇願されて母娘ででかけたケニアスーダン国境の難民キャンプでは民族間の紛争が激化しており銃撃戦にあってしまいます。

 そこで彼女が撮影した数々の写真が無ければ世界は現実を知ることは無かったし、平和への運動が起こることも無かったでしょう。

 しかし、家族は疲れ果てていました。さらには折角興味をもってくれていたステフは難民キャンプの銃撃戦の撮影に戻る母に固く心を閉ざしてしまいます。

 そう、一旦もう危険地帯へは行かないと決めていた彼女ですが、その心の中では「怒り」をエネルギー源にした「情熱」が、熾り火がくすぶり続けるように消えつきてしまうことは無かったのです。彼女は娘に語りかけます。

いつかあなたが大人になって自分を見つけたら抑えきれない何かが身体の中にあることがわかる。私は止めようのない何かを始めてしまったの。

 しかし夫はケニアでの真実を知り、激怒して彼女を家から追い出してしまいます。

 ここから先を語ることはまだ公開間もないことですからやめましょう。

 いくつもの心に残るシーンがありました。

自爆テロの前の厳かな儀式。
アイルランドの浜辺を夫と歩くシーン。
泣き叫ぶ長女を車に残して暴動の撮影に向かい逃げ惑う人に押し倒されても撮り続けるシーン(これは本当にアクシデントだったそうですが、そのまま映画に採用されました)
。長女と車の中で話し合っているうちに激情に襲われた長女が母のCANONでひたすら母の顔を連写し続けるうちに母の頬を伝い始める涙。
そしてラストで、衝撃のあまり写真を撮れず、くず折れるレベッカ

 実際報道写真家であるノルウェイエリック・ポッペの見事な脚本と演出。
 そして名優ジュリエット・ビノシュの精魂を傾けた演技の枠を超えた演技。「ポンヌフの恋人」「トリコロール」「イングリッシュ・ペイシャント」等々数ある傑作で主人公を演じてきた彼女の、そして実生活でも「国境なき記者団」にも関与する人道活動家である彼女の新たな代表作であると思います。長女ステフを演じたローリン・キャニーの演技も見事。またU2のドラマー、ラリー・マレン・Jr.も良い仕事をしています。

    胸が苦しくなるほどの感動を与えてくれる、そして永遠に解けない質問をラストに観るものに突きつけて来る、題名の穏やかさとは裏腹に生半可な気持ちでは見られない真の傑作映画でした。

 なお原題はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の台詞。戦場からSkypeで遠く離れた家族にまいにち「おやすみ」を言ううちに何故自分はこんなことを続けているのだろう、と自問するようになったエリック・ポッペ監督が選んだそうです。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)