ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

悪童日記

Akudounikki
 トレイラーを見て気になっていた作品、「悪童日記」を観てきました。原作者であるハンガリー人女性アゴタ・クリストフハンガリー動乱の際オーストリアに亡命、後スイスに定住しました。この時彼女は故郷と家族を失い、母国語を喪失したわけです。
 ちなみに以前レビューした「集団的自衛権の真相」という本で、強国が「被害国」に侵略する際に集団的自衛権が口実として利用されたという歴史が語られていましたが、その真っ先に上げられたのがこの「ハンガリー動乱」(ソ連による侵攻)でした。

 さて、そのアゴタが1986年、51歳の時「悪童日記」を出版、衝撃的な世界文学デビューを飾りました。本作品はわずか数年の内に20ヶ国語以上に翻訳され、スイスのシラー賞、アルベルト・モラヴィア賞、ゴッドフリード・ケラー賞、SWR(南西ドイツ放送)ベストセラー、オーストリア・ヨーロッパ文学賞など次々と受賞。そして2011年にハンガリーのコシュート賞を受賞、授与のために再度ハンガリーへ足を踏み入れることとなりました。

  当然ながら映画化が期待されていたのですが、これまでポーランドアグニェシュカ・ホランド監督(『ソハの地下水道』)やデンマークトマス・ヴィンターベア監督(『偽りなき者』)などが映画化権を獲得しながらも、現実に至りませんでした。そんな映像化不可能と言われてきた作品を、出版から30年を経て見事に映画化したのはアゴタの故郷であるハンガリーヤーノシュ・サース監督。

 本作は、カルロヴィ・ヴァリ映画祭でグランプリを獲得したほか、 アカデミー外国語映画賞ハンガリー代表にも選ばれました。また、名撮影監督クリスティアン・ベルガー(『白いリボン』)のカメラが、田園の美しい陽光とともに、人間たちの心の闇を、陰影深く描き出しています。。。

 というHPの解説とトレイラー の映像に興味を惹かれて、まずは原作を読んでみたのですが想像以上に徹底的にあらゆる分野のモラルを否定するその凄い内容にちょっと恐れをなしていたことは事実です。が、予想外によくまとまった佳品となっていました。ヨーロッパ映画独特の寒色系の陰翳の濃い映像が内容とよくマッチしており、最後のシーンにはズシンと心に響くインパクトがありました。

『 原題:「 A nagy fuzet 」 
2013年 ドイツ・ハンガリー合作  配給: アルバトロス・フィルム PG12

スタッフ:
監督: ヤーノシュ・サース
撮影: クリスティアン・ベルガー
原作: アゴタ・クリストフ

キャスト:
アンドラーシュ・ジェーマント: 双子
ラースロー・ジェーマント: 双子
ピロシュカ・モルナール: 祖母
ウルリッヒ・トムセン: 将校
ウルリッヒ・マテス: 父

第2次世界大戦下、小さな町へ疎開した双子の兄弟が、時に残酷な手段をもってしても生き抜いていく姿を描き、世界に衝撃を与えたアゴタ・クリストフの同名ベストセラーを、クリストフの母国ハンガリーで映画化。第2次世界大戦末期。双子の兄弟が、祖母が暮らす農園へ疎開してくる。彼らは村人たちから魔女と呼ばれる意地悪な祖母に重労働を強いられながらも、あらゆる方法で肉体的・精神的鍛錬を積み重ねる。大人たちの残虐性を目の当たりにした2人は、独自の信念に従って過酷な毎日をたくましく生きぬいていくが……。これがデビュー作となるアンドラーシュ&ラースロー・ジェーマントが主人公の双子を鮮烈に演じ、「タクシデルミア ある剥製師の遺言」のピロシュカ・モルナール、「ある愛の風景」のウルリッヒ・トムセンらベテラン勢が脇を固めた。 (映画.comより) 』

 時は第二次大戦中、場所はハンガリー。まずはハンガリーのある大都市での幸せな双子と両親の生活シーンがさらっと描かれます。しかし父は帰還してまもなく又出征し、双子は戦時中の日本と同じく、田舎へ疎開することになります。

 母が連れて行ったのは、ナチス・ドイツと国境を接する田舎。田園風景も長閑な村ですが、母とその実家に一人で住む祖母との関係は何故かとても険悪。祖母は母を「牝犬」と呼び、その祖母自身は村中の住民から夫を毒殺した「魔女」と呼ばれています。

 この超肥満体で底意地の悪そうな祖母を演じるピロシュカ・モルナールが実に上手い。原作では貧相な体型と書かれているのですが、この映画を見た後ではこの人意外に双子の祖母は考えられないだろう、というくらいのインパクトがありました。

 さて、双子を演じるジェーマント兄弟は原作に忠実にあらゆる「いじめ」に耐え、時には強く、時には狡猾に、時には優しく、時には復讐心に燃えて極貧の劣悪な環境を行きぬき、あれだけ意地悪だった祖母の最後の頼みも聞き入れてやり、そして最後には戦争で変わってしまった両親の姿もありのままに受け入れます。

 というと「悪童」でもなんでもない、と言われそうですが、その一つ一つのエピソードがただの「成長日記」ではありません。

 暴力、窃盗、性的倫理、宗教差別、戦争、親子愛、それら全てに関するインモラルが執拗にに描かれていく様は、見ていて辛くなるほど。
 ただし原作に比べて獣姦、児童ポルノマゾヒズムなどの性的背徳はカットされていました。このあたりの原作の生々しさが、これまでの映画制作の障害になっていたことは用意に予想されますから、これはまあいたし方が無い、というか当然の脚本でしょう。

 おそらくはアガタ・クリストフの実体験に基づいていると思いますが、まだ陰毛も生えていない双子の兄弟が突然モラルの崩壊した世界で生き抜いていくためにどんな方法を選んだかを日記形式で描いた実験的作品を、ここまでリアルに描ききったヤーノシュ・サース監督と、撮影担当のクリスティアン・ベルガーの手腕が光っていました。また、原作をお読みの方には戦中戦後のハンガリーの田舎の情景を視覚化して見られるという意味で貴重な作品であると思います。

 善悪の彼岸に置かれた彼らの最後の修行は「別れる」こと。一人は国境を越えて亡命します。彼らの強さが「双子」であったことは原作ではここまで全く記されないのですが映画では幾つかのシーンで示唆されています。原作のアゴタの見事な手腕を活かしてもよかったのでは、とも思いますが、その辺は許容範囲内でしょう。

 そしてそれを安全に遂行するために選んだ彼らの手段とは。。。鳥肌の立つような戦慄の方法が爆音とともに観るものの心にズシンと響きます。これほど過酷な数々の「修行」を演じきったジェーマント兄弟に拍手。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)