先日原作をレビューした映画「蜩の記」を観てきました。葉室麟の原作は大変優れた小説だと思いましたし、監督が「雨あがる」「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」「明日への遺言」等の良質な秀作を撮り続けている小泉堯史だということで期待が大きかったのですが、う~ん、大変良質な映画ではあるものの、随分地味にまとめてしまいましたね。
元々、原作も地味と言えば地味なのですが、それでもそれなりの見せ場はあり、レビューでも書いたように、農民の子源吉がむごい拷問死を遂げるあたりからの伏線を回収しつつの盛り上げ方はうまかったと思います。
ところがこの映画では、その後半に凝縮された内容をかなり解体してばらばらにしてしまった影響で、よく言えば静かに粛々と、悪く言えば平板で盛り上がり無くラストを迎えてしまったという感じです。
最大の見せ場が、子供が家老の胸を柄で突くところと父がその家老を拳骨で殴るところだけ、というのはあまりにも地味すぎやしないでしょうか。
もちろん原作には忠実なんですが、原作よりこじんまりとしぼませては映画としていかがなものかと思います。小泉監督、まじめすぎた上に脚本を失敗したかな、と言うのが正直な感想です。
『2014年 日本映画 配給:東宝
スタッフ:
監督: 小泉堯史
原作: 葉室麟
脚本: 小泉堯史、古田求
音楽: 加古 隆
製作: 市川南
キャスト:
役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子、青木崇高、寺島しのぶ、三船史郎、井川比佐志、串田和美、吉田晴登、他
第146回直木賞を受賞した葉室麟の小説を、「雨あがる」「博士の愛した数式」の小泉堯史監督のメガホンで映画化した時代劇。前代未聞の事件を起こした戸田秋谷は、10年後の夏に切腹すること、そしてその日までに藩の歴史である「家譜」を完成させることを命じらる。幽閉されたまま家譜の編纂を続け、切腹の日まであと3年となったある日、城内で刀傷沙汰を起こした藩士の檀野庄三郎が、秋谷の監視役としてやってくる。庄三郎は、秋谷が7年前の事件を家譜にどう記しているかを確認して報告し、また、逃亡するようであれば家族もろとも斬り捨てよとの密命を帯びていた。庄三郎は秋谷のそばで過ごし、その人柄や家族とも触れ合ううちに、秋谷が事件を起こしたことが信じられなくなり、7年前の事件の真相を探り始める。主人公・秋谷を役所広司が演じ、役所とは初共演の岡田准一が庄三郎に扮する。』
この映画が優れていると思うのは、原作の持つ凛とした登場人物の所作、感情の動き、居合術を含めた剣術、女性それぞれの思いなどを折り目正しくきっちりと描いているところです。それにより、限られた月日を生きる戸田秋国とその周囲の人物の交感が上手く描かれていました。このあたりはさすがに小泉監督です。
また、東北で行ったロケの四季の風景はとても美しく郷愁を誘うものでした。本当は九州の物語なのですが、そこはまあ許される範囲内でしょう。
加古隆の音楽もさすがでした。
惜しむらくは、最初に書いたようにストーリーの起伏に乏しいところ。
例えば源吉の拷問の場面は全く描かれず、連れ去られたと思ったら風景映像に切り替わってその次のシーンではもう死んでいます。庄屋がその情景を語りで説明するだけですが、これでは観客が感情移入しにくい。
それに秋国の息子郁太郎と檀野庄三郎の家老宅での一暴れもあまりにもあっさりし過ぎです。原作ではもう少し工夫がありました。
そして松吟尼(お市の方)と秋国双方のプラトニックな思いの吐露が、襲撃時にささっと描かれてしまうため余韻に乏しい。ここはやはり原作どおり、ラストの切腹の日に持ってきてほしかった。
さて、キャストですが秋国役の役所広司、松吟尼(お市の方)役の寺島しのぶの二人はさすがの一言。立ち居振る舞いから台詞の一つ一つまで全く隙の無い完璧な演技であったと思います。
そしてジャニーズでも屈指の演技派岡田准一、今回も相当居合術を稽古してきたと見えて、見事な太刀捌き。そして役所広司とのやり取りでも安定した演技を見せてくれました。カツラがちょっと不自然で気になりましたけど(苦笑。
それに比べると、ヒロインである薫役の堀北真希は今ひとつ。一生懸命演技をしている、ということがわかってしまうのはまだ役者とし未熟だと思います。駆け出しの若手ならともかくもう彼女ももう中堅ですからね。例えば次第に庄三郎を慕うようになる、と言うところを表情やしぐさの何気ないところで見せるという自主性に乏しく、監督に言われるがままにやらされているぎこちなさを感じました。
大事な子役、郁太郎役の吉田晴登君も滑舌が今ひとつで台詞が正直言って下手。もっと訓練してほしかったです。
と、文句が多くなってしまいましたが、封建時代の理不尽な制度の中で凛とした生き方をみせる人々を描いたよい作品であることには違いありません。例えば「るろうに剣心」のようなアクションメインの作品とは対極にある、静かで滋味溢れる作品として、時代劇がお好きな方にはお勧めです。
もちろんるろうにを貶しているわけではありません。どちらにもそれぞれのよさがありますから。そう言えばるろうにで佐之助を派手に演じていた青木崇高も美味しい役で抑え気味のよい演技をしておりました。
評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)