ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

四人組がいた。/ 高村薫

四人組がいた。

 私が最も尊敬する日本の作家、高村薫の待望の新刊です。

 それもなんと、実に痛快にして抱腹絶倒なユーモア小説ときましたからびっくりです。裏書を読むと2008年から2014年まで「オール讀物」に連載されていた12編を収録したそうです。と言うことは、あのハード極まりない「冷血」や「太陽を曳く馬」を書く合間にこんな「現代の御伽噺」を書いていたとは。

 それも平然と、いつもの高村薫節で書いておられるのでもう、腹の皮が捩れるほど笑わせていただきました。

 高村薫を知らない人が読めば、文章は腹立たしくなるほど固くてぶっきらぼうでつっけんどんで、人物描写は底意地が悪い。

 そして日本の地方行政や小悪人の小賢しさの本質をずけずけと突いて遠慮がない。ブラックであったかと思えば、御伽噺ですからと平然とありえない現象を描いてしれっとしている。

 だから、高村薫ファンではない方に無理にはお勧めできません。しかし、くさやの干物ではありませんが、そこが高村薫ファンにはたまらないのです。

『 「高村薫、ユーモア小説に挑む」

この村では、何だって起きる――。
元村長、元助役、郵便局長、そしてキクエ小母さん。
ダヌキのような四人の老人が関わると、
村の小さな騒動も、AKB48から少子高齢化まで縦横無尽。

儲け話と、食い物に目のない老人たちは、
集会所に集まっては、日がな一日茶飲み話を。
だがそこへ、事情を知ってか知らぬか、珍客がやって来る。
テレビクルーに、タヌキのアイドルユニット、元アイドルの出家、
はたまたキャベツは大行進。最後に、閻魔様まで!!

「ニッポンの偉大な田舎」を舞台にした、ブラックユーモアに満ちた奇想天外の十二編。
現代を、冷静かつ緻密に描写しつづけてきた著者が、
今の日本を、地方からユーモアとシニカルを交えて軽妙に描き出す。

AMAZON解説より)  』

 さて、舞台は「平成の市町村大合併」なる傍迷惑な構造改革のおかげで、村役場も村会議もなくなった、野鳥と川の生き物を除けば、わずかな年寄りと四つ足しか棲んでいないしけた寒村。
 そこで無為の日々をだらだらと送る、自称村一番の教養人の「元村長」、自称元プレイボーイの郵便局長、自称村一番の常識人の「元助役」、自称小股の切れ上がった熟女のキクエ小母さん、の四人が主人公。

 12編のエピソードがありますが、キクエさん以外は最後まで個人名が出てきません。一応山梨か信州あたり、と当たりのつく記載はあるのですが、男三人は日本中どこの限界集落にもいる類型的人物だ、と高村薫は言いたいのだしょう。。「冷血」のインタビューにおいて国道16号線沿いを

「どこまでも同じような殺伐とした風景は、戦後豊かになったといわれる日本の掛け値なしの姿です」

と喝破したように。

 しかし今回は「冷血」で見せたリアリズムの極致のような緻密極まりない描写をこの限界集落ではあえてしません。それどころか高村薫が最も書きそうに無い超常現象をたっぷりと盛り込んだ語り口で、苦い現実をオブラートに包んだ物語に仕上げています。
 この村はなんか変だ、と毎回毎回思わせては少しずつ話が進み、その都度ブラックユーモア度は増して行き、村へやってくる人たち(=一般人=読者)を翻弄して楽しんでいる高村薫のすました顔が見えるようです。

 何しろこの4人組は永遠に死なないと書いてあります。経営不振の浄土地獄へも阿弥陀や閻魔にわざわざ招かれてでかけていきます。四つ足ともツウツウです。タヌキだろうが熊だろうがダチョウだろうがタニシだろうが、平然と付き合うしこき使います。小学校から逃げてきた光る豚もちゃんと守ってやります。一方で人間は政治家だろうがガキだろうがマスコミだろうがつまらない奴らには容赦なし。

 さて、その種明かしは?そんなもの、高村薫が用意するわけがありません。楽しむなら勝手に楽しめです。

 まあ、政治経済から宗教哲学、農業、IT、芸能、風俗、パチンコまで博覧強記を絵に描いた女史の書いた文章ですから、縦横無尽に薀蓄が飛び回り、四つ足が人間と共生し、不思議なことが当たり前のように起こるわけです。

 特に凄かったのは「四人組、村史を語る」。青汁会社と結託して無農薬栽培でケールを栽培した挙句のキャベツに青虫発生大騒動。

「キャベツ畑がアオムシの絨毯になっているという。(中略)昨日までふさふさと繁っていた春キャベツの葉の、表も裏もアオムシがびっしりと張りついてほとんど巨大子持ち昆布だ。」

 巨大子持ち昆布には笑いましたねえ。もちろん無農薬栽培への強烈な皮肉であるのですが、それだけにとどまらず、怒ったキャベツたちは抗議の大行進を敢行して、山へ登り復讐の大合唱、挙句の果てはアオムシを爆弾代わりにケールと壮絶な地獄の白兵戦を行うのです。

 一方で高村さんがこんなべたなギャグをそれとなく漏らすのか、という微笑ましい文章もありました。地上450Mのスカイツリーにツアーで上ったダチョウが呟きます。

生まれ変わったら鳥になりたい」(「四人組、伝説になる」)

お後がよろしいようでm(__)m