ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

DEBUSSY / Nino Gvetadze

ニーノ・グヴェタッゼ ドビュッシーを弾く クロード・ドビュッシー:作品集(Nino Gvetadze plays Debussy)
 久々のクラシック・アルバム紹介になります。Orchid Classicsの新譜で、新鋭ニーノ・グヴェターゼが弾く「ドビュッシー作品集」です。
 クラシック・アルバムの紹介に関して私が最も頼りとし、信頼しているprimex64さんのブログ「Music Arena」で、とても興味深いレビューをされていたので購入したのですが、さすがprimex64さんの鑑賞眼には間違いはありませんでした。

 ニーノ・クヴェターゼグルジアトビリシ出身の若手女流ピアニストで、地元の音楽大学を卒業後、オランダに本拠を移してPaul KomenJan Wijnに師事し、第8回フランツ・リスト国際ピアノ・コンクールで2位に入り、今や国際的に活躍されており、去年日本へも来られたそうです。

 子供へのクラシック音楽教育にも熱心で、例えば彼女自身がライナーノーツに「Debussy in Pictures」というエッセイを寄稿されているのですが、自らドビュッシーを演奏しそれを子供たちに聴いてもらい連想した絵を描いてもらうというプロジェクトを催しておられます。CDの中ジャケットにはそのプロジェクトで描かれた子供たちの絵が沢山載せられていて、なかなか微笑ましいものがあります。

 さて、その演奏なのですが、清冽でかつダイナミック、一粒一粒の音が煌いています。今までの「ドビュッシーはレガートで滑らかに弾くべし」的な常識を覆す独特の解釈で、あまりにも有名なドビュッシーピアノ曲の数々に新しい命が吹き込まれた感を受けました。

1.アラベスク 第1番
2.アラベスク 第2番
3.前奏曲 第1巻: デルフォイ舞姫
4.前奏曲 第1巻: 帆
5.前奏曲 第1巻: 野を渡る風
6.前奏曲 第1巻: 音と香りは夕べの大気の中に漂う
7.前奏曲 第1巻: アナカプリの丘
8.前奏曲 第1巻: 雪の上の足あと
9.前奏曲 第1巻: 西風の見たもの
10.前奏曲 第1巻: 亜麻色の髪のおとめ
11.前奏曲 第1巻: さえぎられたセレナーデ
12.前奏曲 第1巻: 沈める寺
13.前奏曲 第1巻: パックの踊り
14.前奏曲 第1巻: 吟遊詩人
15.版画: パゴダ
16.版画: グラナダの夕べ
17.版画: 雨の庭
18.ベルガマスク組曲より「月の光」

ニーノ・グヴェターゼ (ピアノ)

『録音 2013年6月10-12日 オランダ フリッツ・フィリップス・アインドホーフェン,ムジクヘボウ

 前作である「リスト作品集」(ORC100017)が大好評。また2012年の来日でもその音楽性が高く評価されたグヴェタッゼ。現在最も注目されるピアニストの一人です。最初のアルバムがリストであり、中でもソナタの白熱した演奏に心奪われた人が多く、どうしても「超絶技巧派」のピアニストと思われがちですが、本当のところ、彼女はもっと内省的で静かな表現を好むのではないでしょうか?確かに前作のリストでも、技巧よりも、リストが散りばめた歌の方に主眼が置かれていたようでした。そんな彼女のドビュッシー(1862-1918)。素晴らしくないはずがありません。中心は「前奏曲」ですが、そっと置かれたアラベスク、版画、そして「月の光」のひそやかな美しさ。まさに宝石箱のような1枚です。

AMAZON解説より) 』

 冒頭は誰もが一度は耳にしたことがある「アラベスク」。1番の出だしは繊細で静かに始まりますが、聴き慣れたアラベスクよりややハイスピードな演奏です。そして展開部からは、一音一音が粒立ち沸き立つような目くるめく展開となります。こんな鮮やかで清冽なアラベスク1番は初めてです。それでも2番と比べるとまだ常識的なドビュッシーならではのロマンチシズムを担保した美しい演奏でした。

 しかし2番は冒頭からアクセル全開。primex64さんの表現をお借りすると、

「鮮烈でダイナミックな独特のピアニズムが充満する」

演奏です。とにもかくにも今まで聴いたことのない「アラベスク」演奏であることははっきりと認識できました。

 そして続く前奏曲の12曲がこのアルバムのメインです。「デルフォイ舞姫」「沈める寺」「亜麻色の髪のおとめ」等、これまた有名な曲の揃っている前奏曲集ですが、これもまた今までに聴いてきた印象と全く異なる、挑戦的な演奏と言えるでしょう。

 ノンレガートで一音一音を分離させた上で精密にその音粒を再構成させた演奏はきわめて正確。全体的にはアラベスクと異なり、テンポはゆっくりとしていますが、随所で自在に変化させてメリハリをつけています。

 一番印象に残るのは「西風のみたもの」の劇的な演奏。冒頭からリストの「ラ・カンパネラ」を髣髴とさせるような高速かつ正確な打鍵で疾走し、後半には低音のアルペジオを巧みなぺダリングできっちりと音を分離させながらも打鍵の強さにより重々しく響かせています。次の「亜麻色の髪のおとめ」が静謐な演奏だけに余計にその迫力が際立っていました。

 そして有名な「沈める寺」では前半のたゆたう様な旋律もあくまでレガートに流れずきっちりと表現した上で、後半のクライマックスである鐘の音を強い打鍵とぺダリングでゴーン、ゴーンと響かせます。その表現力は今までに経験したことのない衝撃。

 精密極まりないテクニックを持った女性ピアニストは数多くいると思いますが、彼女のように、打鍵の強さを核としたダイナミズム、そして独自のスコアの解析力も併せ持った演奏の出来る方はそういるものではないと思います。

 この前奏曲集の演奏をprimex64さんはフランス絵画にたとえてこう表現されています。

「フランスの印象派画家にたとえるなら、線と面を使って光と影を描いたのがモネ、セザンヌシスレーであった。その対極において点描で光陰を描き切ったのがピサロである。つまり、グヴェターゼのドビュッシーピサロの点描画に酷似した語法により成り立っている。」

 私もピサロは何点も見ていますが、スーラほど点描の粒が大きくなく、微粒子的で遠景で見ると一見普通の風景画に見えるのがピサロの特徴でした。たとえば「ロワイヤル橋とフロール館、曇り」はピサロの点描の代表作だと思います。

Pisaro

 このように一音一音はきわめて繊細で細かく分離しているけれども、俯瞰的にみると見事にドビュッシーならではの風景が見て取れる、そのような演奏であると解釈していいかと思います。

 続く3曲からなる「版画」はあまり聴き馴染みのない曲ですが、随所に今まで書いてきたような、正確なテクニックと独自の解釈による繊細さと大胆さが共存した演奏となっていました。

 最後の「ベルガマスク組曲」からの「月の光」は、まあアンコール曲的な扱いでしょうか。すごい集中力を要したこれまでの演奏に比べると、リラックスして従来の解釈に近いポピュラーな感じの演奏となって、クールダウンさせてくれます。

 唯一残念なのは録音に統一感がない点でしょうか。「アラベスク」はオフマイク気味でスタインウェイらしい音の輪郭の明瞭さに欠けるきらいがあリ、これだけの素晴らしい演奏にもかかわらず、ややもどかしい感じがしました。それに比べると「前奏曲」は音粒が立った切れのある演奏で「高解像度系」(primex64さん言)の録音です。「版画」はその間くらいの中庸な録音、「月の光」は先程も述べたようにアンコール的で、残響を意識したライブ録音的な印象でした。まあ、おまけと考えればいいのでしょう。

 いずれにせよ、パスカル・ロジェあたりで確立された「ドビュッシーかくあるべし」という常識にとらわれ、ややもするとBGM的に堕していた感のある名曲の数々に、新らしい生命を吹きこんだアルバムであると思います。

primex64さんのお言葉をお借りしてレビューを終わりたいと思います。

「グヴェターゼは彼女独自の語法を高純度に昇華させてこのアルバムを完成させており、これは全く新しいドビュッシー観を確立したと言ってよいエポック・メーキングでクールな演奏なのである。才能溢れる若きピアニストがまた一人見つかった。」