ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

SFマガジン700 【国内篇】

SFマガジン700【国内篇】 (創刊700号記念アンソロジー)

 先日の「海外篇」に続いてSfマガジン創刊700号を記念する「日本篇」を紹介します。「海外篇」が優れた佳作揃いだったので日本篇も楽しみにしていたのですが。。。

 残念ながら「不揃いのりんごたち」でした。

 大森望氏が編集後記でその理由を語っておられて、うなづけないこともないのですが、読む方としてはもうちょっと高品質の作品をそろえてほしかったと思います。

 たとえば御三家(星・小松・筒井)等の長老級は、それだけで12編埋まってしまうとのことで敢えて避けたということですが、筒井の「文庫本未収録作品」は載せています。それが残念なことに実験的作品とは名ばかりの漫画好きな筒井のお遊びに過ぎない。

 大森望氏のお好きな、鈴木のぞみの作品はSFとは名ばかりのグルーピーの雑談の世界。

 また「All You Need Is Kill」のハリウッド映画化で脚光を浴びている桜坂洋の「埼玉チェーンソー少女」などはSFとは名ばかりのラノベスプラッター

 帯で煽られている貴志祐介神林長平は悪くはないけどこんなもんかなあ、という感じ。

 韜晦的で難解な論理展開と論理的な文体を持ち味とする円城塔の作品も悪くはないと思いますが、あまりほめると「寒山拾得」の轍を踏みかねない、という程度の作品。

 「一冊だけ買うならどちらかがいいですか?」と問われれば、私としては迷わず山岸真編の「海外篇」を推します。けれど、アンソロジーは人それぞれの楽しみ方があるでしょうから、こういうチョイスもイイネ!という人も当然おられると思います。SFファンはとりあえず両方読みましょう。

 では以下、まずまず満足できた作品の寸評を。

緑の果て」 手塚治虫
 漫画が入ってくるのが日本のSFの特徴で、これを否定するつもりはありません。私の好きな萩尾望都の「11人いる!」は小松左京に立派なSF作品と合格点をもらいましたしね。

今回手塚松本零士吾妻ひでおの3編が入っていますが、やはり手塚の作品が優れていると思います。滅亡した地球を逃れ謎の惑星に降り立ったクルーたちを待ちいうけていた事態を、短編でありながらきっちりと起承転結をつけて描ききる。おまけに最後の一ひねりが効いている。さすが、の一言です。

虎は暗闇より」 平井和正

 若い頃貪るように読んだ平井和正。その「虎の時代」と呼ばれる初期の代表作です。事故や事件に出くわしたことの全くない平凡な人生を送っていた主人公が、交通事故をきっかけに行く先々でとんでもない事故や事件に出くわすようになる。果たしてそれには理由があるのか?乾いた文体、巧みなストーリーテリングは平井ならではのもので、読んでいて懐かしかったです。しかし内容は凡庸でこんなものだったのかなあ、といささか疑問符がつく出来でもありました。

素数の呼び声」 野尻抱介

 ちょっとすかした「ポジティブ」なファーストコンタクトもの。こだわりの男と有能で突っ込みの鋭い女性アシスタントのコンビがなかなかユーモラスでよろしい。この作家、初音ミクの登場でニコ動にはまりこんで小説を書かないんだとか。大森望から「先生、仕事してください!」と紹介でつっこまれています。

海原の用心棒」 秋山瑞人

 今回最も楽しめた作品。はぐれものの老鯨が若い鯨にせがまれて歌う「岩鯨の血嵐(レッド・レイン)」の物語。ザトウクジラの群れを襲う4頭の岩鯨とそれを深海から狙う一頭の岩鯨の壮絶な闘い。プロローグでネタバレさせているにもかかわらずぐいぐいと読む者を鯨の歌の世界に引きずりこんでいきます。SFと読んでいいのかどうかという疑問符はつくけれど、かのアーサー・C・クラークも海洋物が好きだったし、いいんじゃないでしょうか。

 まあこんなところです。

 「さらばだ。」(海原の用心棒のラスト)