ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

SFマガジン700 【海外篇】

SFマガジン700【海外篇】 (ハヤカワ文庫SF)

 1959年の創刊の「SFマガジン」、私も学生時代にずいぶん愛読していました。社会人になってからはとんとご無沙汰していましたが、ついに創刊700号に達したそうで、それを記念する集大成的アンソロジーSF700」の海外篇と日本篇が編まれました。

 そこでまず海外篇を読んでみました。選者は山岸真氏でなんとオール初収録で12編。いずれ劣らぬ佳作ぞろいで久々にSFの醍醐味を楽しませていただきました。

 個人的にはどちらかというと静謐な作品が肌に合ったようで、ジョージ・R・R・マーティンイアン・マクドナルドアーシュラ・K・ル・グインテッド・チャンがとても良かったです。

 ではその12作、寸評で紹介させていただきます。

遭難者アーサー・C・クラーク

  まずは巨匠アーサー・C・クラークの1947年の作品から。太陽に生息する希薄で巨大な生命体が黒点爆発で吹き飛ばされ、弱りつつ地球の大西洋に落ちてしまう。その生命体のはかなくも悲しい最期と、それを偶然見届ける二人の人間の驚き。いかにもクラークらしい、豊かな科学的知識と想像力が融合した、1947年という発表年度が信じられないハイレベルな佳作。

危険の報酬ロバート・シェクリイ

  「人間の手がまだ触れない」でファンを魅了したシェクリィが、見事な手際でマスコミと視聴者の堕落を予見した社会風刺SF。志願制自殺法が施行されたことに端を発するTV局の暴走番組。一定時間ひたすら逃げ続けないと殺される企画に応募出場した男が知ったその内実と視聴者の本心は。。。殺されることはないにせよ、今こういう風な番組ってありますよね。1958年に予見したシェクリィの慧眼に脱帽。そしてこの作品を発掘した山岸真に拍手。

夜明けとともに霧は沈みジョージ・R・R・マーティン

  ある惑星。地球とは比べ物にならない壮大な霧海。朝は降霧、夕は昇霧が目を楽しませる。そんな光景に魅せられたサンダースという男が霧中楼閣ホテルを経営している。しかし、観光客のお目当てはその霧ではなく伝説の霧魑魅(きりすだま)と呼ばれる魔物。それを迷信だと証明するための調査団が訪れて。。。拍子抜けするくらい静かな物語なのですが、深い余韻を残します。作者のことはほとんど知りませんでしたが、こういう作風はとても好きです。

ホール・マンラリイ・ニーヴン

  火星探検隊が見つけた異星人の残した基地。そこにある謎の通信機の解明に熱中する天才科学者は、偶然か故意かそこに埋め込まれた「量子ブラックホール」をこぼしてしまう。それは十のマイナス六乗オングストロームの直径しか持たないが、対立していた船長を貫いていともた易く殺してしまった。そしてさらに恐ろしい科学者の予言とは。。。SFファンなら誰もがご存知、あの「リングワールド」のラリイ・ニーブン、さすがと唸らされる短編です。

江戸の花ブルース・スターリング

  ウィリアム・ギブスンと並ぶサイバーパンクの雄スターリン。ギブスンも親日家でしたが、この作品も日本を題材とし、しかも1986年SFマガジンが初出と言うから驚き。「江戸の花」とは火事とけんかですが、本編は前者を素材にしており、明治初期の東京をきわめて精密に描写しています。訳者小川隆がある程度情報を提供したのかもしれませんが、それを吸収し「電線」をSFに仕立て上げてしまうお手並みは見事。

いっしょに生きよう」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

 「たったひとつの冴えたやり方」で有名だけど真の素顔が一番インパクトがあった本名アリス・シェルドン。彼女の壮絶な自死後に発表された短編。異性での共生生物と人間とのコンタクトもの。悲惨で残酷、グロテスクになりやすいテーマですが、前向きで明るい結末が心地よい読後感を誘う佳作です。

耳を澄まして」 イアン・マクドナルド

 「火星夜想曲」で一躍注目されたSF作家イアン・マクドナルドの静かな、そして荘厳な物語。ナノテクノロジーが人類にもたらす悲劇(?)あるいは進化(?)を描いていますが、老修道士の最後の力を振り絞る場面は、漫画「ドラゴンボール」の元気玉を思い出してしまってちょっと苦笑い。なお原題は「Listen」ですが、うまい邦題ですね。訳者は伊藤典夫氏です。

対称」 グレッグ・イーガン

 若手ハードSFの雄と謳われたグレッグ・イーガンのももう50歳を過ぎたのですね。冒頭、地球上空無重力圏にあるホテルからの地球の眺望の描写が見事。そしてその近傍にある加速器施設で起こった事故を取材に出かけた主人公を待ち受けていた思いもよらない事態。「対称」という邦題は素粒子物理学の「超対称性理論」からとったと思われます。その理論における「ビッグ・バン以前」の時点での四等価次元空間が、実験でできてしまったら?という斬新でかつ超難解な題材をいとも簡単に料理してみせるイーガンの力量はさすがの一言。ちなみに原題は「Before」、訳者は山岸真氏。

孤独」 アーシュラ・K・ル・グイン

 「闇の手」で鮮烈なデビューを飾り、拙ブログでも熟読した「ゲド戦記」のようなジュブナイルものでも見事な手腕を見せるグイン女史。異星に移住した人類の退化した末裔の文化研究のため子供二人とその星での生活に挑戦した母、三人三様の努力と苦悩を描き、ネビュラ賞を獲得した作品です。
 後半には「闇の左手」の両性具有のゲセン人もチラッと登場し、終盤は母の反対を押し切りこの星での永住を決意した娘の感動的な記録で幕を閉じます。グイン女史らしく、異星の美しい自然描写や豊かな想像力を駆使した異文化の構築が見事です。

ポータルズ・ノンストップ」 コニー・ウィリス

 売れっ子SF作家コニー・ウィリスが、最長老SF作家ジャック・ウィリアムスンへのトリビュート・アンソロジーのために書き下ろした短編。
 ジャック・ウィリアムスンアメリカSF界で最大級の敬意をもって語られる作家で、ハインラインに次ぐ二人目のアメリカSF作家協会グランドマスター賞(SFWA)を授与されています。ちなみに「テラフォーミング」は彼の造語です。
 その彼が住んでいたニューメキシコ州の片田舎ポータルズというひなびた街にやってきた一人の(SFとは何の縁もない)男が出くわす不思議な観光旅行バスの一行。トリビュートものですので、格別にすごいという内容ではありませんが、ウィットとウィリアムスンへの敬意溢れる一編です。

小さき供物」 パオロ・バチガルビ
 この作家のことは知りませんでした。この作品は後味は悪いけれど、現代社会へ警鐘を鳴らす優れた短編です。人類が作り出した多様多種の化学物質(擬似ホルモン)の人体への蓄積がもたらした、極めて高頻度な確率での奇形児出産や死産。それを回避するために考え出された「予備分娩」なる体内の化学物質の完全な排泄を目指した一種の堕胎処置。悪夢のようなディストピア小説ですが、決して現実にありえない世界ではないところが怖い。

息吹」 テッド・チャン

 テッド・チャンは中国系アメリカ人で、グレッグ・イーガンとともに現代を代表するSF作家と紹介されています。
 はじめは人類が滅びた後のロボットの世界の話かな、と思ってしまいますが、さにあらず。主人公の研究者が自らの脳を自己解剖するあたりからこの世界の真実が明らかとなってきます。そしてどんな文明もいつかは滅びるという諦観と、いつかこの世界を探検に来る生命体があることを願っての伝言が痛切な感動を読むものに与えてくれます。

「探検家よ、あなたがこれを読んでいるいま、わたしはとうの昔に死んでいるが、それでもわたしは、あなたに別れの言葉を贈ろう、存在するという奇跡についてじっくり考え、自分にそれができることを喜びたまえ。わたしにはそう伝える権利があると思う。なぜなら、今この言葉を刻みながら、わたし自身が同じことをしているからだ。」

 最後の一節ですが、このアンソロジーを締めくくるにふさわしい見事な文章でした。