ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

When Marnie Was There / Joan G. Robinson

When Marnie Was There (Collins Modern Classics)

 Kindleの利点の一つが、洋書を容易にかつ安価で入手できるようになったことです。今回はジブリの次回作「思い出のマーニー」の原作Joan G.Robinsonの「When Marnie Was There」を読んでみました。ちなみにペイパーバックで1224円しますがKindleだと380円でDLできます。

 DLしてみると結構なページ数があるので、ちょっと時間がかかりそうだなと思っていましたが、Queen's Englishにしては比較的平易な文章と、ストーリーの面白さに引き込まれてあっという間に読了してしまいました。私もマーニーに魅入られてしまったのかもしれません。

 さて、物語の主人公はアンナという少女。交通事故で両親を亡くし、戦争未亡人の祖母に育てられていましたが、その祖母も亡くなり施設に預けられたところを、子供のいないプレストン夫妻が引き取って育てていました。
 しかし両親と祖母が自分を残して死んでしまった事を恨んでいるアンナは、偶然プレストン家が養育費を毎月受け取っていることを知り、なおさら頑なに心を閉ざし、夫人を「Mother」と呼べず「Auntie」と呼んでいます。

 そんな少女ですから友達もできず、今で言う「登校拒否児」となってしまい、喘息も患ったため、療養のためノーフォーク地方(北海に臨むロンドン北西部、カズオ・イシグロの「私を離さないで」にも出てきます)のLittle Overtonという小さな港町で過ごすことになります。迎えてくれたのはプレストン夫人の知人で気さくなペグ夫妻。最初は仲良く暮らせそうに思えたのですが、嫌な女の子を「Fat Pig」と呼んでしまったことから大騒動となり、ペグ夫妻もアンナを半ば見放してしまいます。

 でもそれは彼女にとってかえって幸いなことでした。彼女は毎日海辺の入江へ出かけます。なぜなら、そこからは対岸に「The Marsh House」という古い屋敷が見え、彼女は「これこそずっと自分が探していたものだ」と直感的に感じるのです。そして自分がそこからずっと見られている、という不思議な感覚を抱きます。そしてその直感は当たっていたのです。

 前置きの話が長くなってしまいましたが、ここにかなり重要な伏線が隠れていますので、くどいくらいに紹介しました。読む方は最初は退屈に思えても、この序盤をきっちりと読んでおいてください。

 さて、ある日アンナが浜辺に出てみると、ボートが一台置いてありました。魅入られるようにそのボートに乗り、漕げないのに対岸の屋敷へ向かうアンナ。やっぱり流されそうになるのを助けてくれた少女は白いドレスのような寝間着を着た長い髪の少女でした。

 その少女はアンナの予想通り屋敷の娘で、名前はマーニーと教えてくれました。彼女と親友になり、毎日のように遊ぶことになりますが、いくつかアンナにとって不思議なことがありました。まず町の人は誰もマーニーの事を知りません、そしていないなあと思ったら突然現れたり、同年代にもかかわらず微妙に話が合わなかったりします。また、アンナはペグ家のことを説明しようとしてもどうしても思い出せずに説明できなかったりします。

 このあたり、原文では

for ages”(ずっとよ)

という熟語がとてもうまく伏線として使われているのですが、邦訳が難しいだろうなあと思いながら読んでいました。

 そんな中でも「THE BEGGAR GIRL」という章で、マーニーが屋敷の中でのパーティーににアンナをSea Lavender(イソマツ)売りのジブシーの少女に変装させて招き入れる場面の幻想的で華やかな、そしてスリリングな展開は特に印象に残りました。

 しかし、二人の別れは突然にやってきます。風の強いある日起こった突然の出来事が二人を訣別させることになります。アンナはそのことを絶対に許せなく思っていますが、その一方でもう一度会いたい、という気持ちも捨てきれません。ある夜そんな思いを強くして入江に向かうと、対岸の屋敷からマーニーの声が聞こえます。その件で屋敷に閉じ込められ、明日には遠くへ送られてしまう、どうか許してほしい!と懇願するマーニーにアンナは

”Yes! Oh,yes! Of course I forgive you! And I love you, Marnie.  I shall never forget you,ever!"

と叫び返します。これがアンナがマーニーを見た最後となりました。

 実はここまでで、物語のまだ「56%Kindle表示)」に過ぎないのです。アンナは絶対に忘れないと誓ったこれほどの思い出を、間もなく全く思い出せなくなってしまいますし、新しい一家の子供たちとも親しくなります。

 そこからどう伏線が回収されていくのか?一冊の古い日記がその鍵となりますが、この先は是非本を手にとってお読みください。

 最初に書いたように、英語は平易で最初ペグ夫妻のブロークンな会話に少し慣れを要する程度です。ちなみにHarry PotterシリーズのHagridの訛りに慣れている方なら何ということはありません。
 原文のいかにも北海を感じさせる寒色系の自然描写や、植物、動物の色彩感の豊かな生き生きとした表現などはとても素晴らしいと思います。
 

 ところが映画では設定が北海道に置き換えられてしまうそうで、とても残念に思います。ちなみに作者の娘さんがあとがきを書いておられるのですが、Little Overtonというのは架空の町で、実際はノーフォーク郡バーナムというところがモデルとなったそうです。そして2002年に日本人が一人訪ねてきたことを記しておられます。勝手な想像ですがおそらく宮崎駿さんでしょうね。ちなみに英語はほとんどしゃべれず、Little Overtonが実在していると思っていたそうです。

 というわけで、かたくなに心を閉ざした少女が不思議な体験をし、その後大切な記憶を蘇らせて心を開いていく、ありきたりといえばありきたりの、少年少女向けの物語ですが、巧みなストーリーテリングと伏線の回収のうまさ、さわやかで余韻を残す読後感は一流の小説に劣らない秀作だと思います。

 邦訳だと、どうも子供への語り口調になっているようですので、ぜひ原文で堪能していただきたいと思います。随所に挟まれる作者の知人のPeggy Fortnum(Mrs Pegg!)という方のイラストもラフスケッチのようでありながら味わいがありますよ!