ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

うたかたの日々 / ボリス・ヴィアン

うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

 先日読んだ「注文の多い注文書」で、とりわけ魅力的な注文だった「肺の中に咲く睡蓮」の原作です。

『 青年コランは美しいクロエと恋に落ち、結婚する。しかしクロエは肺の中に睡蓮が生長する奇妙な病気にかかってしまう……。愉快な青春の季節の果てに訪れる、荒廃と喪失の光景を前にして立ち尽くす者の姿を、このうえなく悲痛に、美しく描き切ったラブストーリー。ヴィアンの代表作であり、20世紀フランス文学の「伝説の作品」が、鮮烈な新訳で甦る!

AMAZON解説より) 』  

 世界一美しくて悲痛な恋愛物語と呼ばれていますが、個人的には時代も勘案してシュールレアリスムの範疇に入る作品ではないかと思います。以前レビューしたことのあるエルンストの「百頭女」がハード・シュールだとすればこちらはソフト・シュール。  

 なにしろカクテルピアノは音符からカクテルが作れるし、水道からはうなぎが出てくる。人は無駄に死ぬし殺される。なにしろ「心臓抜き」なんて道具が出てくるのです。ちなみにヴィアンには「心臓抜き」という作品もあります。
 そしてヒロイン・クロエの肺には睡蓮が生える。部屋は繭のように変形していくし、本屋は燃やされる。
 貧乏人に落ちぶれた主人公が死んだ妻にしてやれる葬式はとんでもなく悲惨だし、イエス様のお返事はつれないの一言。
 最後には主人公を気の毒に思ったハツカネズミが自ら猫の口に頭を入れて自殺する。そして文章は言葉遊びだらけ。  

 これをシュールレアリスムと言わずして何と言いましょう?SF?スラップスティック?おふざけ文学?はたまた狂人の妄想?

 いやいややはりこれはシュールレアリスムの鉢の中で咲いた美しい一輪の花なんだろうと思います。その花はさすがにラテン系らしい明るさと華やかさと少々の残酷さを兼ね備えた美しさで見る者を魅了します。  

 「大切なことは二つだけ。きれいな女の子相手の恋愛。そしてデュ-ク・エリントンの音楽。他のものは消えていい。なぜなら醜いから。」  

 とにもかくにもこんな素敵な前書きから始まるシュールな恋物語、楽しまない手はない。

 「玄関のドアは、裸の肩にキスしたような音を立てて閉まった・・・・・・」

 なんて素敵な文章も方々に散りばめられています。

 だから読んでいてわけが分からなくなっても、ジャン=ポール・サルトル実存主義を知らなくてもかまわない。コランとクロエ、シックとアリーゼ、ニコラとイジス、三組三様の不思議で美しくて悲しくて残酷でそして無茶苦茶な恋愛模様を楽しんじゃいましょう。  

 ちなみにこの小説、最近「ムード・インディゴ」という題名で映画化されています。ヒロインのクロエ役は、「アメリ」や「ダ・ヴィンチ・コード」などで有名なフランス女優オドレイ・トトゥ、ずばり好みです(笑。