ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

チョコレートドーナツ

Anydaynow

  主演俳優アラン・カミングの歌う「I Shall Be Released」の迫力とダウン症の子供の無邪気さのギャップがありすぎるトレイラーを見て、これはただならぬ映画だろうと気になっていた「チョコレートドーナツ」が公開されたので観てきました。実話に基づいた、同性愛の男性カップルとネグレクトされていたダウン症児の心の交流と1970年代の厳しい現実を描いた映画です。

 一言、心が震えました。これほどラストで感動した映画は本当に久しぶりです。今年観た中では文句なしにベストの映画です。甘ったるい邦題にだまされず、是非多くの方に観ていただきたい映画です。

 ちなみに原題は「Any Day Now」でディランの「I Shall Be Released」の歌詞の一部です。いつの日か、性差別がなくなりますように、いつの日か、知的障害児への差別やネグレクトがなくなりますように、アラン・カミングが思いのたけをこめて歌う姿は感動を通り越して気高くさえ見えました。

『 原題 「Any Day Now 」
2012年  アメリカ映画 配給:ビターズ・エンド

監督: トラビス・ファイン
脚本: トラビス・ファイン 、ジョージ・アーサー・ブルーム
音楽監修: PJ・ブルーム

キャスト: アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイバ、フランシス・フィッシャーグレッグ・ヘンリー 他

同性愛に対して差別と偏見が強く根付いていた1970年代のアメリカでの実話をもとに、育児放棄された子どもと家族のように暮らすゲイカップルの愛情を描き、トライベッカやシアトル、サンダンスほか、全米各地の映画祭で観客賞を多数受賞したドラマ。カリフォルニアで歌手になることを夢見ながら、ショウダンサーとして日銭を稼いでいるルディと、正義を信じ、世の中を変えようと弁護士になったポール、そして母の愛情を受けずに育ったダウン症の少年マルコは、家族のように寄り添って暮らしていた。しかし、ルディとポールはゲイであるということで好奇の目にさらされ、マルコを奪われてしまう。

(映画.comより)』

 時は1979年、場所はロサンゼルス。有名なハーヴェイ・ミルク射殺事件が起こったのが1978年ですからまだまだ同性愛に対する差別が根強かった時代です。

 冒頭、本当のダウン症児をオーディションして選ばれたアイザック・レイバ演じるマルコが夜の街を徘徊している姿が控えめなピアノのBGMとともに映し出されます。お気に入りの人形を抱いていますが、これが重要な伏線になっていることを後で知ることになります。

 場面は一転してゲイバー。女装したアラン・カミング演じるルディが歌っているように見えますが、曲はなつかしのディスコナンバー、フランス・ジョリの「Come To Me」で当然リップシンク(口パク)であることが判ります。このリップシンクもあとの展開に意味を持っています。

 そのゲイバーにふらりと現れた客が、ギャレット・ディラハント演じる同性愛者であることを隠して弁護士業を営むポール。ルディ、ポールともに一目惚れしてしまい、早速ショーが引けたあと車中でよろしくやってしまう二人。そこへ警官が現れ同性愛者だと察して厳しく問い詰めますが、堂々と反論して追い返すことでルディに法律家であると正体がばれてしまうあたりの流れが上手い。

 そしてぼろアパートに帰宅したルディは隣人がT.REXの「Telegram Sam」を大音量で鳴らしているのに抗議しますが、出てきた女性に「うるさい、このホモ野郎」と逆襲される始末。そしてこの女、怪しい男となにやら怪しい雰囲気で出かけてしまいます。大音量のオーディオセットがそのままなのに腹を立てて女の部屋に入ると、何とそこにはあのダウン症児マルコがいて、ルディはすぐに仲良くなります。

 翌日、女は麻薬所持で逮捕され、マルコは施設へ行くことになってしまいました。施設がポールにとって劣悪な環境であることは目に見えています。何とかマルコを自分が預かりたいと思ったルディは早速ポールに電話しますが。。。

 このようにテンポ良く三人の出会いが紹介された後、二人の同性愛者と一人のダウン症児の1年という長いようで短い幸せな家族生活が手際よく描かれます。特に8mmフィルムでの粒子の粗い映像でのハロウィンや海水浴での本当に幸せそうな三人の姿はとても温かく心に染み入ります。8mmフィルムはヴィム・ベンダースの傑作「パリ・テキサス」でも過去の楽しかった思い出を描くのに効果的に用いられていましたが、それを彷彿とさせます。ところが、そのハロウィンでのルディの女装もその後の伏線となっているのです。

 さて、そのような幸せな時間は決して長続きするものではありませんでした。同性愛者であることがばれてマルコを引き離されたあと、意を決して法廷闘争に持ち込んだ二人を待ち受ける徹底的な同性愛に対する糾弾。先ほど述べたルディのハロウィンでの女装や、マルコの好きだった少女の人形さえも攻撃対象になるという伏線には脚本の妙に唸らざるを得ませんでした。

 堂々と戦う二人に理解を示す女性判事でしたが、結局同性愛という一点で、彼らの訴えは認められませんでした。そして控訴に対してはもっとひどい仕打ちが待っていました。相手方はポールの元上司とつるんでマルコの母を早期釈放させ、彼女のもとにマルコを戻してしまうのです。なんという卑劣。ネグレクトしてきた麻薬中毒の女にマルコが育てられるとでも思ったのでしょうか?

 二人はマルコが成人する7年後まで待って、その時彼に自分たちのもとに来る気があれば受け入れようとお互いを慰めあいます。

 一方ルディはポールのプレゼントであるオープンリール・デッキで録音した歌が認められ「ベット・ミドラーのような歌手になる」という夢をかなえつつありました。それがラストシーンでの「I Shall Be Released」の熱唱につながっていきます。
 それと重なるようにしてタイプを打つポールの姿が映し出されます。ポールは彼ら二人を敗訴に追い込んだ当事者たちへの手紙を書いていたのです。

 ルディの熱唱とポールの冷静な手紙の朗読から事の結末が明らかとなるエンディングで、観客は心を鷲掴みにされたような衝撃に襲われます。私は思わずもたれていた椅子からガバッと起き上がってしまい、それと同時に滂沱の涙が流れてきました。

 ルディとポールの無私な障害児への愛情を、同性愛者の一言で受け入れなかったあの時代のアメリカ。「Any day now」と願った二人の願いはゲイの養子縁組を法的に認める大きな流れとなり、久しぶりに買ってしまったパンフレットによりますと、いまやゲイの養子縁組を認めないのはミシシッピ・ユタの二州のみとなっているそうです。

 本当に素晴らしい映画でした。97分という短い時間がとても濃密で、ラヴィス・ファインという、正直なところ今まであまり名前を聞いた事のなかった方の演出・脚本・編集の素晴らしさに脱帽です。

 そして語らずにはいられないのが俳優陣の熱演。特に主人公ルディを演じるアラン・カミングには本当に感動しました。長髪を振り乱しゲイのショーダンサーを演じる姿、ポールを想うけなげな姿、マルコを慈しむ眼差し、そして

「今こそ法律を変えるのよ」

と正義を貫きたくて法律家になったはずのポールに敢然と言い放ち、

ひとりの人生の話だ!あんたらが気にも留めない人生だ!

と法廷で怒りを爆発させる姿。こんなに毅然としてかつ人間味に溢れたゲイは見たことがありません。ある意味マルコが彼を成長させたのかもしれませんが、本当に精魂こめた演技でした。パンフレットによりますと彼自身バイセクシャルで同姓婚もしているそうです。

 そしてそれと同じくらい素晴らしいのが彼の歌唱。最初のリップシンクが伏線だと申し上げましたが、本当は歌手志望でポールの買ってくれたデッキで最初に吹き込んだのがそのリップシンクしていた「Come To Me」で、それを切々とバラードにして歌い上げます。思わず鳥肌が立ちました。そして何度も言ってきましたが最後の「I Shall Be Released」、トレイラーでさえ感動させるくらいの歌唱でしたが、本編ではストーリーとも重なって本当に涙が出ました。

  長くなってきたので詳細は割愛しますが、でしゃばりすぎても引っ込みすぎてもいけない難しい役どころでしかもゲイ役であるギャレット・ディラハント、本当のダウン症児であり、台詞こそあまり多くないもののその表情やしぐさで観客を魅了したアイザック・レイバクリント・イーストウッド映画の常連で理解ある判事を演じたフランシス・フィッシャーなど、絶妙のキャスティングがこの映画を成功させた要因でもあるでしょう。

 そして音楽。時代を感じさせるヒットナンバーが19曲も挿入されていますが、それだけでなく、マルコの徘徊シーンのピアノの静かなソロなど、細かい気配りのされた監修でした。ただ、T.Rexのナンバーが麻薬に絡んでしかでてこないのは拙ブログでも度々T.Rexを取り上げてきたものにとっては残念でした。

 ゲイ二人とダウン症児を利用してお涙頂戴ものにしたのではないかという批判もあると思います。それに対して答えたギャレット・ディラハントのインタビューを最後に紹介しましょう。

『簡単に分かってもらえる映画ではないね。「時代もの、ゲイのお涙ちょうだいもの」という人もいた。過度なセンチメンタリズムを避ける方法は、真実しかないと思う。僕たちは安っぽいドラマになってしまう危険を知っていた。だからできるだけ誠実に振る舞って、それを避けるために最善の努力をしたんだ』

 ドーナツが好きだったマルコ、ハッピーエンドで終わる物語が好きだったマルコ。。。ただ一言、傑作です。

評価: A: 傑作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)