今回はちょっと不思議系の面白い本を紹介しましょう。ブクレコでヘビー・レビュアーの方がこぞって紹介されていて、面白そうだなと思って図書館で予約していたんですがなんと43人待ち!ようやく今週順番が回ってきました。
小川洋子さんとクラフト・エヴィング商會のコラボレーション「注文の多い注文書」です。
小川洋子さんは「博士の愛した数式」などで有名な小説家で多くの方がご存知だと思います。クラフト・エヴィング商會は聞き慣れない方が多いと思います。実はご夫婦である吉田篤弘氏と吉田浩美女史の制作ユニットで、テキストとイメージを組み合わせた、独創的な作品を多数発表しておられます。堪忍袋の緒、舌鼓、大風呂敷などを取り寄せた「ないもの、あります」など、とても面白いです。
このお二人、というか一人と一ユニットが組んで、面白い試みをされました。
1: まず、小川洋子さんが、お好きな(そしてマニアックな)小説をネタにしてこういうものがほしい、という「注文書」をクラフト・エヴィング商會に出されます。
2: すると、クラフト・エヴィング商會が「納品書」として写真と文章で注文にこたえます。
3: 受領した小川洋子さんは、それに対して「受領書」を書かれます。
これが一つの単位として構成され、計五つの注文からなっています。
当然ながらどれも一筋縄ではいかない、難しいというか、不可能な注文なのですが、それに当意即妙に応えるクラフト・エヴィング商會。それに対して見事に切り返す小川洋子。もちろん注文者と商會間のやり取りですから、丁寧な手紙文となっているところがこれまた読んでいて面白い。
注文を簡単に紹介しますと、
Case 1: 人体欠視症治療薬; 川端康成の未完作「たんぽぽ」より
Case 2: バナナフィッシュの耳石; サリンジャーの「バナナフィッシュに最適の日」より
Case 3: 貧乏な叔母さん; 村上春樹の「貧乏な叔母さんの話」より
Case 4: 肺に咲く睡蓮; ボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」より
Case 5: 冥土の落丁; 内田百間の「冥土」より
いやあ、マニアックですねえ、一応本好きの私は1-3は知っていましたが、4,5は知りませんでした。その知らなかった4と5がとても面白かったのですから、原作を知っていなくても十分楽しめます。
しかし、この本をブクレコでレビューしようとすると結構難しい。もう多くの優れたレビューがいくつも並んでいますからそれを参考に書くこともできるわけですが、それじゃあ面白くない。
で、ふと思いついたのが、「注文書」と「受領書」を書いてレビューにしてみようということ。まあ一種のパスティーシュですね。マニアックなもので私の得意とするところを考えてみたのですが、たとえば
ポール・オースターの「最後のものたちの国で」のアンナ・ブルームの出国許可証であるとか、
カズオ・イシグロの「私を離さないで」のカセット・テープであるとか。
2、3日そんなネタばかり考えていたのですが(決してヒマなわけではないのですが)、どうもレビューを読む人に伝わりそうに無い。で、思い切って誰でも知っているベタなネタにしてみました。ずばり、故石の森章太郎先生の「サイボーグ009」ネタです。
結構受けました(笑。では、その文章を紹介してみます。これに興味がわけばこの本を是非お読みくださいませ。
【 Case X: 左下第二大臼歯型加速装置インプラント 】 : Cyborg 009
注文書: クラフト・エヴィング商會 御中
突然の注文書を送りつけるご無礼ご容赦ください。私は並の大学の陸上部に所属する並の短距離走者です。自分の才能の限界にはとっくに見切りをつけていますが、ウサイン・ボルトが体験した100M9秒58の世界を一度でいいから自分で体験したいという夢を持っております。
今までは文字通り夢でしかなかったのですが、最近ブクレコというSNSで御社のことを知り、「注文の多い注文書」という本を読んでみました。小川洋子さんという小説家の実にマニアックな注文に御社が誠実に対応しておられることに驚きを禁じえませんでした。私だってサリンジャーくらいは読みますが、まさかバナナフィッシュの耳石などを手に入れることができるとは、あいた口がふさがりませんでした。
で、思い出したのです!同じくこのブクレコでの貴重な情報なのですが、まだギルモア博士がご存命であることを。009に埋め込んだような加速装置では身が持たない、というか確実に死んでしまいますが、ギルモア博士ならヒトの能力に合わせ、100M9秒前後で走れる加速装置を作っていただけるのではないでしょうか。
報酬は前金で100万円、一年後に世界陸上グランプリシリーズの獲得賞金の半額、ということでいかがでしょうか。御社ならギルモア博士と連絡を取っていただけると信じて伏してお願いいたします。
添付品二品: 歯形テンプレート および 下額骨レントゲン
【 受領書 】
クラフト・エヴィング商會 様
この度は私の無理な注文をお受けいただきまことにありがとうございました。ギルモア博士のお手紙と驚きのプレゼント、確かに拝受いたしました。ギルモア博士と連絡が取れる確率など1%もあるまいと思っておりましたが、さすがクラフト・エヴィング商會ですね。
それにしてもギルモア博士の「その注文はたやすいことではあるが、結局それは人間のサイボーグ化でしかなく、不幸な結果しか招かない。もう私は誰をも不幸にしたくはない。」というお言葉は堪えました。自らの愚かな欲望と考えの甘さに恥じ入るばかりです。
そのような者に、もう使い物にならないとは言え、島村ジョー様の最初期型加速装置を記念品として贈っていただけるとは、ギルモア博士はなんという寛容なお心の持ち主なのでしょう。磨耗し尽した表面が過酷な00戦士の戦いを象徴しているようで涙が止まりませんでした。厚かましいお願いですが、ギルモア博士にこのご恩は一生忘れません、とお伝えください。
2014年某月某日 ゆうけい