ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

猫鳴り / 沼田まほかる

猫鳴り (双葉文庫)

 

 本好きの方なら「沼田まほかる」というちょっと変わったペンネームを一度は目にしたことがおありかと思います。

 この方はその経歴も異色で、若くして結婚・離婚を経験、その後僧侶をされていたり、建設コンサルト会社を経営されたりした後、50代で初めて書いた長編「九月が永遠に続けば」でデビューされました。

 その作品で第五回ホラーサスペンス大賞を受賞されたようにデビュー作からして並々ならぬ実力を示し、寡作でありながらどれも傑作ぞろいでベストセラー作家となっておられます。過去の作品をWikipediaを参照してリストアップして見ますと

九月が永遠に続けば(2005年1月 新潮社 / 2008年2月 新潮文庫

彼女がその名を知らない鳥たち(2006年10月 幻冬舎 / 2009年10月 幻冬舎文庫

猫鳴り(2007年8月 双葉社 / 2010年9月 双葉文庫

アミダサマ(2009年7月 新潮社 / 2011年11月 新潮文庫

痺れる(2010年4月 光文社 / 2012年8月 光文社文庫) (短編集)

ユリゴコロ(2011年4月 双葉社 / 2014年1月 双葉文庫

の六作品となります。ペンネームも個性的ですが、題名にもまた独特のセンスがありますね。個人的には初めて読んだ「九月がー」が一番好きなのですが、内容、人気とも圧倒的に高いのは「ユリゴコロ」(第14回大薮春彦受賞)でしょう。

 いずれの作品も、ストーリーテリングの上手さも一流ですが、それ以上に際立っているのが人間心理の美醜をその奥底まで遠慮なく描写しつくすこと。読むものがいやな思いをするだろうななどという遠慮は一切しないので、好き嫌いのはっきり別れる作家ですが、私はぐいぐい引き込まれた口で、いつしか大ファンとなっていました。

 じゃあもちろん全部リアルタイムで読んでいるだろう、と言われそうですが、一冊だけ避けていた作品がありました。それがこの「猫鳴り」です。先日ブックオフのセールでみつけて手にとって見ると、カバーイラスト(牧野千穂作)の猫がこっちを向いて

買え

と睨みつけてきたので買ってしまいました(汗。ではなぜ唯一読み残していた小説であったか?理由はただ一つ。ペットを扱う小説が嫌いだからです。

 しかし読了して分かりました。そんなことなど些細なことでこれもまた傑作であるのだと。いや、むしろペット嫌いが読んで共感できる稀有なペット小説なのだと。。。
 「ケモノバカ一代」とか称する書評家の解説のべたべたとしたいやらしい文章を読まされて余計に強くそう思いました。

『流産した哀しみの中にいる夫婦が捨て猫を飼い始める。モンと名付けられた猫は、夫婦や思春期の闇にあがく少年の心に、不思議な存在感で寄り添ってゆく。まるで、すべてを見透かしているかのように。そして20年の歳月が過ぎ、モンは最期の日々を迎えていた。濃密な文章力で、生きるものすべての心の内奥を描き出した傑作。 (AMAZON解説より)』

 では手抜きと言われそうですが、ブクレコに書いたレビューを掲載させていただきます。

 沼田まほかるの文章は強靭で美しい。本作でも文章の凄みに圧倒されてプロットを追えず、読み返すことが度々あった。たとえばこんな文章。

「突然、今自分は自分の抱え込んだ空っぽの内部にいる、という説明のつかない感覚が襲いかかってきた。空っぽが不思議な優しさで信枝を抱え込んでいるーーーーー。
 消えた猫と濡れた男のまわりで震えている森、震えている雨、震えている薄闇、その全部を包み込む虚無の底に、何か信枝には太刀打ちできないもの、生でも死でもあるようなはかりしれない命が、静かにみなぎっているのを感じた。」(第一部)

 そして困ったことにまほかるは巧みなストーリーテラーでもある。本作はモンという猫の一生を、三部に分けた巧みなプロットで見事に描ききってみせる。

 そしてその猫に関わる、子供に恵まれない夫婦と風変わりな少女、鬱屈した少年の四人の人間の内面をも赤裸々に暴き出してみせる。その暴き方はまほかるらしい容赦のない苛烈なもので、読むものの心にずしんと響く。たとえばこんな短い文章。

 「特に理由などなくても、生きていたくないような気のする日がある。死ぬのもいやだが、生きているのもいやだった。」(第三部)

 そこでまるでボディーブローを喰らったように立ち止まってしまう。

 そんなこんなでたった200P余りの短い小説を読むのに随分な時間がかかってしまった。そしてそれが快感なのだからまほかるという小説家は手に負えない。

 最後にモンという猫が一番輝いていた瞬間を切り取った文章を抜粋しておきたい。

「猫は最後に、ひときわ高くジャンプした。四本の足が地面から離れたとたん、行雄の目には、猫のまわりだけがスローモーションモードに切り替わったよう映った。軽々と宙に浮かんだ猫の体は空気をはらみ、再び落下する前に、跳躍のいちばんてっぺんで一瞬だけ完全に静止した。」(第二部)

 完全に脱帽である。