ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

そこのみにて光輝く / 佐藤泰志

そこのみにて光輝く (河出i文庫)

 何度も直木賞候補になりその才能を高く評価されながら41歳で自死を遂げた作家、佐藤泰志。彼の名は以前ご紹介した「海炭市叙景」の映画化で広く知られることになりました。 

 この作品は明らかに函館市を舞台とした群像劇で、自然描写の美しさとは裏腹のさびれ行く地方都市の閉塞感を活写しており、この作家の早すぎる死はまことに残念でなりませんでした。

 そして近々映画化される本作「そこのみにて光輝く」は彼の唯一の長編小説で、同じく函館が舞台であり、やはり屈折した郷土愛が見て取れます。

「観光と造船とJRしかない街だ。遅かれ早かれ、職安に人があふれ、パニックじみて来るに違いなかった。しまいには観光客のおこぼれだけが目当てになるだろう」(本文より抜粋)

という文章のなんという悲観的な閉塞感。

 そんな街に住む主人公達夫は、造船所の労働争議に嫌気がさしてさっさと退職金を手に退職、無為の日々を送っています。そしてある日パチンコ屋で拓次という若いテキ屋の男と知り合いになり、誘われるまま、この街の近代化から取り残された彼の自宅であるバラック小屋に連れて行かれます。そしてそこでの拓次の姉千夏との運命的な出会いがあり、話は動き始めていきます。

 無為な日常を送り鬱屈した感情をもてあましてはいるが、堅気で人道を踏み外すことはない男達夫

 ムショに入ったこともあり信用はできそうにないが、人なつっこさのある憎めない男拓次

 出戻りで一家四人を養うため売春も厭わないキャバレー勤めの女千夏

 中流の下あたりの達夫と、最底辺に暮らす拓次と千夏とが友情と愛情で親密になっていく過程が淡々とした地の文章とシニカルな会話の繰り返しで描かれていきます。
 達夫と千夏の恋愛は短い函館の夏のように性急に燃え上がりますが、千夏は自分の境遇から結ばれるはずはないと思っています。それでも達夫は粘り強く彼女をものにしようとしますが、そのためには千夏の前夫で拓次の兄貴分と話をつけなければいけない。しかしその相手は当然ながら真っ当な筋の男ではない。

 日本の小説・映画ではありふれたシチュエーションですし、佐藤泰志の文章は「海炭市叙景」同様、さっと読むだけでははっきりとした個性を感じることもない平凡なものなのですが、それでも不思議な品格を感じさせる良い文章だと思います。

 それは人物描写の大胆さと細やかな気配りの共存によるものかもしれないし、

「海は単調だった」

というような突然出現する突き放すような文章表現であるかもしれないし、函館山のような大きな風景のざっくりとしたつかみ方と高山植物アジサイハマナス、カモメ、海鵜といった細やかな神経の行き届いた描写の対比の妙によるものかもしれない。

 とにもかくにも短い夏のエピソードを淡々と描ききって第一部「そこのみにて光輝く」は幕を閉じます。この章は1985年11月号の「文藝」に収載され、単行本化されるときに第二部「滴る陽のしずくにも」が書き下ろしで追加されました。

 第二部を語り始めると第一部のネタバレをせざるを得ないので、これでレビューは終わりにしますが、新たに登場する松本という男が結構魅力的な人物で読み応えがある、とだけ申し上げておきます。

 冒頭に書きましたように本作も映画公開が間近に迫っています。達夫を綾野剛、千夏を池脇千鶴、拓次を菅田将暉が演じることになっています。個人的には池脇千鶴の千夏に注目しています。