ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ウォルト・ディズニーの約束

Savingbanks
 「アナと雪の女王」の興行成績が絶好調のディズニー映画ですが、実は今もう一本ディズニー映画が公開されています。ディズニー映画の不朽の名作「メリー・ポピンズ」にまつわる感動の秘話を映画化した「ウォルト・ディズニーの約束」です。

 本邦ではあまり話題になっていませんが、ウォルト・ディズニー自身がディズニー映画の題材になるのは初めてであるという陽の話題性と、メリル・ストリーブ

ウォルト・ディズニーは男尊女卑で人種差別者だったから主役のオファーを断った」

と発言したという陰の話題性の双方で映画マニアには注目されていました。

 私はシネ・リーブル神戸でトレイラーを観て、エマ・トンプソントム・ハンクスの両名優の共演がとても面白そうなので注目していました。というわけで今日家内と二人で観て来ました。

 一言で言うとなかなか良くできた映画でした。ディズニー映画としては異色のヒューマンドラマで、
夢と魔法だけでは作れない映画がある
というディズニー映画の王道のテーマを逆手に取ったキャッチコピーはうまいな、と思いました。まあ結局ディズニー礼賛映画になってしまっているところあたり、手前味噌な感じもしましたが、キャストの熱演が観ている間はそれを忘れさせてくれました。

 もちろんエマ・トンプソントム・ハンクス両名優の共演は見応えがありましたが、少女時代を演じたアニー・ローズ・バックリーという無名の子役の少女が抜群によかったです。彼女とコリン・ファレル演じる父との共演が映画のもう一つの軸となっており、原作者のこの父との思い出が「メリー・ポピンズ」につながり、

Saving Mr.Banks

という原題の鍵となっています。オーストラリアを舞台にしたこちらのドラマの方も心の琴線を震わせてくれました。

 ちょっと思惑が外れたのは、ツタヤのカード更新で旧作一本無料券をもらって久しぶりに「メリー・ポピンズ」を観るつもりだったのですが、貸し出し中でした。同じ事を考えている人が多いってことですね(笑

『 2013年 アメリカ映画 配給:ディズニー
原題 Saving Mr. Banks

監督: ジョン・リー・ハンコック
脚本: ケリー・マーセル、スー・スミス
撮影: ジョン・シュワルツマン
音楽: トーマス・ニューマン

キャスト
トム・ハンクスエマ・トンプソンポール・ジアマッティジェイソン・シュワルツマンブラッドリー・ウィットフォード、他

 「メリー・ポピンズ」誕生に隠された感動の実話—

 ウォルト・ディズニー(1901−1966)——“ミッキーマウス”の生みの親にして、“夢と魔法の王国(ディズニーランド)”の創造主、そして記録的なアカデミー賞受賞歴を誇る伝説の映画人。世界中の誰もが彼の名前や作品を知っているのに、その“真実”を知る者はいない……。
 映画製作50周年を経て、いま明かされる『メリー・ポピンズ』誕生秘話。映画化に向けて情熱を燃やし続けるウォルト・ディズニーにとって唯一にして最大の障害——それは、映画化を頑なに拒む原作者P・L・トラヴァースだった。誰もが不可能と思ったこの映画製作は、どのような“魔法”で実現できたのか? そして、ふたりの間に交わされた“ある約束”とは……? これは、初めてディズニーによる映画制作の裏側を描いた感動のドラマだ。』

 以下、ある程度ネタバレを含む感想になっていますのでご了承ください。

 冒頭、短調で奏でられる「チム・チム・チェリー」のピアノ・ソロをバックに映し出される雲の流れが、風に乗ってやってきたメリー・ポピンズを連想させるという、とても粋な演出に魅せられます。

 その風に乗ってカメラがパンしていくのは芝生に寝転ぶ一人の女の子。アニー・ローズ・バックリー演じる若き日のP.L.トラヴァース女史、ギンディです。舞台はオーストラリア。ギンディに絡んでくるユーモア溢れる優しいお父さんがコリン・ファレル演じるトラヴァース。どうも引越し当日なのですが、奥さん役ルース・ウィルソンはなぜか浮かない顔。
 どうもトラヴァースに問題があり、とんでもない田舎の銀行に左遷されるようです。そこでもギンディとトラヴァースは楽しい空想に耽りながら楽しく遊んで暮らしているのですが、だんだんと様相が怪しくなっていきます。肝心の父の仕事が酒癖のためにうまくいかなくなってしまい、そのうちに病床に臥してしまうのです。

 そんなある日、この一家を立て直そうとやってきたのが父の嫌いな伯母。彼女がメリー・ポピンズの、そして父がバンクス氏のモデルになっていることが物語後半にははっきりしてきます。

 このオーストラリアを舞台にした家族の物語がとても素晴らしく、胸を打ちます。特にアニー・ローズ・バックリーの演技は特筆ものでした。父に抱かれて乗った馬が疾走する時のなんとも言えない幸せに満ちた笑顔に代表される、子供らしい演技。一転して後半、自殺しようとする母を必死で止めようとする場面、父の死を知って伯母さんに

「一家を立て直してくれるんじゃなかったの」

と振り絞るように怒りを露にする場面の気丈さ、思わず涙腺が緩んでしまいました。

 さて、もう一つの舞台は映画の黄金時代であった1960年代前半のハリウッドを代表するウォルト・ディズニー・スタジオ
 娘との約束で「メリー・ポピンズ」を映画化すると約束してからなんと20年が経過し、ようやくウォルト・ディズニーと嫌々ロンドンからハリウッドにやってきたトラヴァース女史との交渉が始まったのですが、このトラヴァース女史、なかなか気難しい。交渉に応じる気になったのはディズニーの熱意に打たれたわけではなく、代理人から本の売れ行きが落ちお金がなくなってきたから説得されたに過ぎません。

 本来そうであればイニシアティブはディズニー側にありそうなものですが、トラヴァース女史が契約書にサインしなければ映画化は不可能。その一点だけを武器にして、トラヴァース女史は言いたい放題で原案を却下し続けます。

 曰く、ミュージカルは駄目、アニメーションは駄目、バンクス家のスケッチデザインも駄目、ついには「赤」を使っては駄目。これにはディズニーも参ってしまいますが、それでも折れざるを得ません。シャーマン兄弟の作る素敵な曲の数々にも次々とダメ出し。かの有名な

Supercalifragilisticexpialidocious

にも目を丸くしてNO!

 そして癇癪を起こして根本的に脚本にNOをつきつけるのはバンクス氏が悪者に描かれているから。

 見る側は子供時代と交互に観ることになるので、段々とトラヴァース女史の怒る理由が分かってくるわけですが、ディズニー本人や脚本家のドン、音楽担当のシャーマン兄弟にはただの気難しくて困ったおばさんにしか見えません。
 また女史の暮らす英国とアメリカの文化の違い、女史の拝金主義にしか見えないディズニーワールドに対する嫌悪感なども加味され、ますます溝は深まるばかり。

 このあたりのエマ・トンプソントム・ハンクスブラッドリー・ウィットフォード(ドン)、ジェイソン・シュワルツマンB.J.ノヴァク(シャーマン兄弟)の丁々発止のやり取りの面白さ、アカデミー賞5部門を受賞した傑作映画の製作の裏側を知る楽しみはこの映画の一番の見所でしょう。
 ウォルト・ディズニーにしか見えないトム・ハンクスの演技の上手さはもう当たり前すぎて文句のつけようもありませんが、上記の達者な俳優陣以外にも、当時の典型的な健康なアメリカ女性を体現したメラニー・パクソン、エマがただ一人気を許す専属運転手役のポール・ジアマッティがとても上手かったのがとても印象に残りました。

 みんな典型的なハリウッド的造形人物像なのですが、ディズニー映画黄金期のハリウッドが舞台なのですからまあ納得せざるを得ませんね(苦笑。

 更にはこの1960年代ハリウッドとロンドン、そして先ほど述べたオーストラリアの三つの舞台のメリハリをつけたカメラワーク、美術、色彩の対比が見事でした。また、この並行する二つのドラマの舞台転換にも脚本・演出の妙が凝らされており、久々にディズニーのスタッフ層の厚さ、ハリウッドの実力を実感させられました。

 閑話休題、そんなある日ハッピーエンドにさせるべくシャーマン兄弟が作った「Let's Go Fly a Kite」という曲に感激し、さらには大嫌いなはずのディズニーランドで回転木馬に乗らされてディズニーに心を許し始め、トラヴァース女史は段々と映画化に前向きになっていきます。

 このあたりの心の揺らぎを表現するエマ・トンプソンの演技もとても上手い。子供だましの「ねずみ」と馬鹿にしていたミッキーマウスの縫いぐるみに顔をうずめるあたりの演出も心憎かったです。
 もちろんメリル・ストリーブでも上手く演じたとは思いますが、エマ・トンプソンのほうがよりナチュラルで、彼女が英国人であることも強みだったと思います。え、これがエマ?と驚くようなヘア・スタイルには、ハリーポッターのトレローニー先生ほどではありませんがビックリしましたけどね。

 しかし終盤、突然とんでもなく些細なことでトラヴァース女史は激怒、ついに交渉は決裂、英国に帰ってしまいます。
 観るものは「メリー・ポピンズ」という傑作が完成していること、ディズニー側スタッフの当初の構想とトラヴァース女史の意見が程よく妥協点を見出していることを知っているわけですが、果たしてウォルト・ディズニーはトラヴァース女史をどう説得したのか?バンクス氏を「Save」することはできたのか?

 まあここから先は観てのお楽しみということにしておきましょう。

 メリー・ポピンズも風に乗って帰っていったわけですが、本作もラストシーンではまた短調の「チム・チム・チェリー」が流れ、雲が風に流れてこの物語の終わりを告げます。久々にハリウッドらしい粋な脚本と演出、更にはこの旋律をはじめとする音楽の出来等に感心させられました。

 エンドロールでは本当のディズニーをはじめとするスタッフやジュリー・アンドリュースをはじめとする俳優、そしてトラヴァース女史の写真を見ることができ、さらには実際録音されていた映画の一シーンの元になった話し合いのテープが流れます。

 最後の最後に献辞を捧げられているのは、父に「メリー・ポピンズ」の面白さを教えた娘のダイアン・ディズニー・ミラー女史。惜しいことに昨年死去されました。ひょっとしたら彼女の死をきっかけにしてこの映画が企画されたのかもしれませんね。

 先ほども述べましたが、観ればおそらくほとんどの方がもう一度「メリー・ポピンズ」を観たくなります。過度にウォルト・ディズニー賛歌になっているのはちょっとどうかな、思いますが、それを差し引いても良い映画だったと思います。久しぶりに古き良きハリウッドの良心に触れた思いでした。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)