ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ペコロスの母に会いに行く

Pecorros

 キネ旬2013年第87回ベスト10第一位に輝いた「ペコロスの母に会いに行く」を観てきました。玄人好みの文芸作品を高評価するイメージのキネ旬とこの映画に漠然と描いていたイメージがかけ離れていたことと、原田貴和子+知世姉妹が出ておられることの二点で気になっていた映画で、是非観たいと思っていました。

 漠然と描いていたイメージというのは、一時話題になった原作についての記事から想像していたわけですが、一言で言うと

認知症の母親を中年ハゲ親父が介護する姿をホノボノと泣き笑いで綴った娯楽映画」

というものでしたが、半分当たっており、半分は外れていました。場内には笑いが絶えず、ホノボノとした泣き笑い映画ではあったのですが、認知症になってしまった母親の半生はシリアスに描かれていました。ミニシアター系の佳品と呼んでいい作品であったと思います。

 だからといってキネ旬が一位に選ぶほどのクオリティがあるかな?というと若干疑問の残るところで、敢えて個人的な見解を述べれば、完成度の高さで選べば「利休にたずねよ」であるとか、同じ泣き笑いならもっとクオリティの高かった「くちづけ」などの方が良かったと思います。

 さて、我が憧れの原田知世さんですが、チョイ役にもかかわらず表情、手紙のナレーション等見事な演技で存在感を示しておられ、その役柄の哀れさに思わず涙を誘われました。 

 出身地の長崎が舞台ということでの姉妹のキャスティングだったと想像しますが、twitterでも、長崎を舞台とした姉主演の映画がキネ旬一位を獲得した事にとても喜んでおられました。おめでとうございます。

 しかしエンドロールの

原田知世(愛情出演)

って一体どういう出演?普通なら「友情出演」となるところが姉妹だから「愛情出演」なんでしょうか?ちょっと製作者側の思い入れ過剰で、いくら知世ファンの私でもあまりいい気はしなかったです。

『 2013年日本映画 配給: 東風

スタッフ:
監督 森崎東
原作 岡野雄一

キャスト
岩松了赤木春恵原田貴和子原田知世加瀬亮竹中直人

「喜劇・女は度胸」「男はつらいよ フーテンの寅」などで知られる名匠・森崎東監督が、「ニワトリはハダシだ」(2003)以来10年ぶりに発表した監督作。62歳で漫画家デビューを果たした岡野雄一の介護日誌コミック「ペコロスの母に会いに行く」「ペコロスの玉手箱」を原作に、離婚して子連れで故郷の長崎に戻った主人公ゆういちと、85歳になりグループホームで暮らす認知症の母みつえの心温まる日常を描く。ゆういち役で岩松了が主演、母みつえ役に赤木春恵。そのほかのキャストに加瀬亮竹中直人大和田健介ら。原田知世原田貴和子が約20年ぶりに姉妹共演も果たしている。
(映画.comより)』

 映画冒頭、いきなり岩松了演じる主人公ゆういちの禿頭がアップで大写しされ、それから原作漫画のアニメーションが始まるあたり喜劇を知り尽くした森崎東監督のつかみの上手さを感じました。

 それからしばらくはコメディタッチでボケてしまった母みつえの自宅での日常が描かれます。例えばオレオレ詐欺にひっかかりそうで逆にひっかからないあたりの演出は秀逸で場内に笑いが絶えません。
 このあたり主人公女優として最高齢のギネス記録を受けた芸達者の赤木春恵、自ら劇団を主宰する岩松了、ハゲ仲間の名脇役温水洋一らの達者な演技に加えて、孫役の大和田健介が意外に上手くて良い雰囲気で話が進みます。

 下着が買っても買ってもなくなる原因が分かった時の計算されたユーモアは私のような認知症専門家から見るとやや甘いですが、確かにそういう事が重なって施設(グループホーム)へ入れざるを得なくなるのは今の日本の現状です。

 グループホームの様子も上手く描かれていると思います。くどくなってすみませんが、認知症の方を集団で預かるという事はこの映画に出てくるような綺麗事ばかりではないし、画面からは「臭い」は伝わってこないので、現実はそんなに甘くないですよ、とは釘を刺しておきたいと思いますが、もちろん作者の原作の映画化であり、できるだけコメディタッチで明るく描きたいとのポリシーは理解できます。

 一方で見応えのあったのが主人公みつえの半生です。十人兄弟姉妹の一番上に生まれたが故の苦労、病弱な妹を幼くして亡くした後悔の思い、一番仲良しの幼ななじみの女の子が長崎に引っ越したあと落とされた原爆、その女の子との後年の色街での再会とその後の経緯、そして何よりも辛かった夫の酒乱と神経症、そして死。

 長崎生まれで自然な長崎弁をしゃべれる原田貴和子が、その若かりし日々のみつえを熱演しています。
 酒乱の夫の給料袋をなんとか無事に持ち帰らせたいとゆういちにたのみこんだ工作が上手くいかず一銭も残さず飲みきった夫にぶつけるいいようの無い哀しみと怒り。
 母子心中まで考え、ゆういちの手を握って埠頭に佇む時のなんともいえない表情。
 幼馴染の女の子が生きていたと知って書き続ける手紙に返事が来ず、ようやく来た返事を頼りに色街に出かけてみると、その子はもう原爆症で死んでおり後生大事にみつえの葉書をしまっていた事を知ったときの号泣。
 「たみおのしあわせ」以来随分ブランクが合ったにもかかわらず、その熱演ぶりには涙を禁じ得ませんでした。

 個人的には酒乱は大嫌いなもので、そして酒乱夫を演じる加瀬亮がまたうまいもので、こんな男でもみつえもゆういちも好きだったなどと美化して欲しくないな、とさえ思ってしまいましたが、まあそこは森崎東監督の手腕でしょう。

 さて、「私をスキーに連れてって」以来の姉妹出演となる原田知世さん、ちょっとパーマをかけた髪がいつもとイメージが違い、それはそれで魅力的でした。色街に身を落とし、原爆症で亡くなる薄幸の女性を、みつえと再会した時のなんとも言えない複雑な表情は哀れを誘いました。やっぱりいいです!

 その知世さんも最後に再登場する、みつえが迷子になって辿り着いためがね橋上での死者との再会シーン。個人的には甘すぎてあまり好きではありませんが、喜劇を知り尽くした森崎監督らしいシーンで、

「死んだ人にもいつでも会える、ボケるって事も悪いことばかりではなかかもしれん」

という作者の思いを上手く伝えていました。

 その他の演出では、美しい長崎の夜景や長崎ランタンフェスティバルを綺麗に写し取ったカメラワークも秀逸でしたし、更には音楽でも楽しませてくれました。主人公がライブもやっているミュージシャンという設定ですので、岩松了が歌うシーンがあるのですがその歌がきわどいきわどい。
 実際原作者岡野雄一さんが作った「寺町坊譚(てらまちんぼんたん)」という歌なんですが

「XXXXのびたりちじんだり~」

なんて殆ど放送禁止ですね(笑。

 とは言え、女学生の合唱する「早春賦」はとてもハーモニーが美しかったですし、エンドロールでは一青窈がきっちりと泣かせる歌でしめてくれます。エンドロールといえば、途中からいろいろなメイキング写真が出てきます。作者とその母も映りますので、途中で立たないで最後まで見ないと損ですよ。

 というわけで、森崎東監督の絶妙の軽さ加減や間の取り方に、役者陣がしっかりと応えた秀作であると思います。最初に書いたように、これが去年のベスト1かと言われると若干疑問であくまでもミニシアター系娯楽作品クオリティだと思います。ただ、見終わった後の余韻の温かさはベスト1ですね。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)