ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ロスジェネの逆襲 / 池井戸潤

ロスジェネの逆襲

 近年稀に見る高視聴率を稼ぎ出した、堺雅人主演のTVドラマ「半沢直樹」、私も家内と楽しみに毎週見ておりました。その原作は池井戸潤氏の「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」という、題名だけを見るとドラマの内容とは随分印象の違う二小説でした。

 そして本書「ロスジェネの逆襲」は「半沢直樹シリーズ」の第三弾です。あれだけの視聴率を稼いだドラマだけに第二弾がないとは考えられず、おそらく次回ドラマの原作となるはずです。なのでドラマ化が決まれば読もうとKindleに入れたままにしてあったのですが、我慢しきれずについに読んでしまいました(苦笑。

 予想通り勧善懲悪一発逆転的な痛快経済小説で、TVドラマ化すれば前作の「倍返し」まではいかなくても、相当の高視聴率を稼ぐのは間違いないでしょう。

『 ときは2004年。銀行の系列子会社東京セントラル証券の業績は鳴かず飛ばず。そこにIT企業の雄、電脳雑伎集団社長から、ライバルの東京スパイラルを買収したいと相談を受ける。アドバイザーの座に就けば、巨額の手数料が転がり込んでくるビッグチャンスだ。ところが、そこに親会社である東京中央銀行から理不尽な横槍が入る。責任を問われて窮地に陥った主人公の半沢直樹は、部下の森山雅弘とともに、周囲をアッといわせる秘策に出た―。直木賞作家による、企業を舞台にしたエンタテインメント小説の傑作!

AMAZON解説より) 』

 今回はバブル組半沢直樹の一世代下のロスジェネにスポットが当てられます。元を辿ればLost Generationといえばガートルード・スタインヘミングウェイに投げかけた言葉ですが、本作にヘミングウェイは出てきません(当然。

 本文中の説明によると、バブル崩壊後の1994年から2004年にかけての空前の就職氷河期に世に出た若者たちをロスジェネ世代と呼ぶそうです。面接を何度受けても内定がもらえないという苦しい就職活動を何とか勝ち抜き、いざようやく採用された会社に入ってみると、バブル時代に大量採用された大した能力もなさそうな社員たちが中間管理職となって幅をきかせており、自分たちの能力の振るいようがないことに鬱屈した思いを抱いている世代です。

 一方IT関連で起業して大成功を収めるという新しい経営者もこの世代から出てきました。しかし一旦成功しても出る杭は打たれるのが世の常、まして好業績を維持し続けることはきわめて難しい。資金繰りに困ったり、買収の脅威に晒されたりする。日本経済にとってそのような試練の変動の時代があったこと、堀江貴文氏のような上の世代には理解しがたい経営者が出てきたのもまだ我々の記憶に新しいです。

 そのような社会背景をバックに、前作で銀行から系列の証券会社へ飛ばされてきた正義感の強い半沢直樹がまたまた活躍するのが本作です。バブル組にもバブル組なりの悩みや無能な上層部との軋轢があったこと、バブル組にも半沢のような優秀な人材はいることをロスジェネ組に認識させ、一致協力して不条理な買収劇からIT企業を守り抜いていきます。

 半沢の哲学はぶれることなく本作にも受け継がれており、例えばロスジェネの森山に熱く語る台詞

「組織と戦うということは要するに目に見える人間と戦うということだ。間違っていると思うことはとことん間違っていると言ってきた。会社という組織にあぐらを掻いている奴は敵だ。内向きの発想で人事にうつつを抜かし,往々にして本来の目的を見失う。そういう奴らが会社を腐らせる」

なんかは著者の心の叫びとして読む者の胸を打ちますし、堺雅人に是非語らせたいところでしょう。

 著者の経験と知識が詰め込まれた経済小説としての筋立ての緻密さに加えて、TVドラマで日本中が虜になったドキドキハラハラ感、勧善懲悪的爽快感が本作でも健在でした。
 

 まあ一小説としては、例えば私の好きな高村薫の重厚な作品に比べれば個々の人間の描き方は薄っぺらいものだし、筋立ても勧善懲悪・一発逆転ありきの安易な設定ではありますが、エンタメ小説と割り切れば快作だと評価できる作品だと思います。TVドラマになればまた高い視聴率を稼げること請け合いでしょう。

 少し気になるのは上戸彩が好演した半沢の妻が今回は全く登場しないことです。まあ、もともと原作では悪妻として描かれていますし、そこはまたそれなりの脚色があるのでしょう。また堺雅人の「倍返しだ!」が聴けるのは楽しみだし、ロスジェネ世代のキャスティングにも興味をそそられます。例えば準主人公のロスジェネ森山は、名前にちなんで森山 未來君あたりがやってくれると面白そうですね。楽しみに待つとしましょう。