ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

紙の月 / 角田光代

紙の月

 ども、原田知世教信者のゆうけいです。その原田知世さん主演で現在NHK火曜日午後10時から

大好評放映中

のドラマ「紙の月」の原作を読んでみました。著者は「八日目の蝉」の角田光代さんです。

わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が約1億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨花は果たして逃げ切れるのか?―--自分にあまり興味を抱かない会社員の夫と安定した生活を送っていた、正義感の強い平凡な主婦。年下の大学生・光太と出会ったことから、金銭感覚と日常が少しずつ少しずつ歪んでいき、「私には、ほしいものは、みな手に入る」と思いはじめる。夫とつましい生活をしながら、一方光太とはホテルのスイートに連泊し、高級寿司店で食事をし、高価な買い物をし・・・・・・。そしてついには顧客のお金に手をつけてゆく。 (AMAZON解説より)』

 冒頭、主人公梨花はタイのチェンマイ

「人が一人、世界から姿を消すことなんてかんたんなのではないか。」

と考えています。ちなみにこの台詞はTVドラマ第一回冒頭で原田知世がナレーションしています。知世さんは精力的に朗読会もこなしておられるので、ナレーションがとてもお上手です。

 梨花は銀行の顧客から横領した1億円を若い男のために殆ど使いきり、タイに逃亡したのです。ほんの数年前までは平凡な主婦であった彼女が異国の地でこんな考えにとらわれている状況を誰が想像しえるでしょう?
 その間の、蟻の一穴が堤防を崩すがごとくの、じわじわと崩れていき次第に歯止めが利かなくなる過程の緻密な心理描写、実際の横領の手口のノンフィクションを読むようなリアリティ、そして若い男への入れ込み方や性描写の生々しさが凄いです。個人的には決して好きなタイプの小説ではないのですが、作者の筆力の凄さには脱帽です。

 そして物語は主人公の他に、梨花に関わりのあった三人の人物も平行して描いています。最初は梨花とこの三人が次々入れ替わり登場するのでいささか散漫な印象を受けますが、次第に三人には共通点があることが明らかになってきて、中盤あたりから作者の意図が読み取れ始めます。

 その共通点とは、

 一つは梨花がそのような犯罪を犯したことを信じられない思いでいること。そしてもう一つはお金にまつわり決して幸せではない境遇にいること。

 梨花の同級生であった一人の女性は節約のあまり娘や夫に疎まれ、梨花と料理教室で一緒であった女性は買い物依存症で離婚を余儀なくされ、昔の梨花の恋人であった男性は結婚した相手が裕福な子供時代と今の生活を比べて娘が不憫だと愚痴るのにうんざりしているのです。

 誰もがお金にまつわり、幸せを手に入れられない。人生とは多かれ少なかれそんなものかもしれない。そんな時この三人は、そういう不自由さと最も遠いところにいたと思われた梨花がどうしてあんな大それたことをやってしまったのか?、と自問します。三人はその答えを見出せないでいますが、作者は金のもたらす万能感、至幸感が結局は梨花を狂わせたのだと結論づけています。

 そして驚いたことに作者は、その至幸感の中毒となった梨花に6年もの歳月を与えます。その間の阪神淡路大震災オウム真理教事件で揺れた1995年やノストラダムスの予言が世間を賑わした1999年などの世相の描写も上手く交え、物語にリアリティを持たせているあたりも上手いと思いました。
 
 しかし当然ながら破綻はいつか必ずやって来ます。金を自由に操る「万能感」から醒める時、最後に彼女が使った金の使途が哀しい。そして梨花との関係に倦んだ男の最後の言葉があまりにも辛い。(このあたりはTV放映中なので敢えて伏せておきます)

 横領の発覚が確実となった時梨花はタイに逃亡します。プロローグに回帰するのです。このような倒叙型の構成は相当の筆力が必要ですが、「八日目の蝉」で角田光代さんは自信をつけたようで、スムーズにそして大きくストーリーの円環がつながっています。
 タイの情景描写もとても興味深いですが、その異国の地での梨花の心理の揺れの描写もまた秀逸です。いろんな偶然が重なっての現在の境遇を回想し、どの時点で自分が選択した道が違っていたとしても結局はここに来ていたのだろうと悟る梨花。その文章は見事、少し引用させていただきましょう。

「そうして梨花は、ようやく、自分の身に起きたすべてのことがらが、(中略)、自分を作り上げたのだと理解する。私は私の中の一部なのではなく何も知らないこどものころから、信じられない不正を平然とくりかえしていたときまで、善も悪も矛盾も理不尽もすべてひっくるめて私という全体なのだと、梨花は理解する。」

 そして逃げおおせようとする私も私自身だと決意するのですが、プロローグでの述懐のごとく「人が一人、世界から姿を消すことなんてかんたんなのではないか。」どうか?結末は伏せておきますが、帯の惹句にある通り「あまりにもスリリングで狂おしいまでに切実な」小説でした。

 さて、TVドラマは構成上一人の登場人物を削ってはいますが、比較的忠実にこの小説を踏襲し、丁寧に作られているという印象を受けます。この先が、そしてクライマックスでの原田知世さんの演技とナレーションがとても楽しみです。