ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

少年H

Shounenh

 公開中の映画「少年H」を観てきました。妹尾河童氏の原作は出版当時読んでそれなりに感銘を受けましたし、昔住んでいた神戸市長田区~須磨区あたりが舞台だし、というあたりで期待していたのですが、まあ正直なところ可もなく不可もなくというところでした。

 何故今更「少年H」なのかというあたりは、最初のクレジットでレ朝系列の制作と分かってなんとなく納得しました。右傾化を強め無謀な戦争に突入していった日本を、リベラルな思想信条をもった家庭の視点で描くことで、右傾化を強める安部政権を牽制したかったのでしょう。監督に共産党シンパの降旗康男氏を起用したことでもその期待が窺い知れますが、個人的にはいかにも降旗監督らしいまじめ過ぎる作りがかえってその当たりの印象を薄めてしまった感が否めませんでした。

 というか、井沢元彦をはじめとする右よりの論客に叩かれまくったこの作品を選んだ時点で天下の朝日もずれてるなあ、と思わないでもないですね。

『 2013年 日本映画 配給:東宝

スタッフ
監督:  降旗康男
脚本: 古沢良太
原作: 妹尾河童(「少年H」)
音楽: 池 頼広

キャスト
水谷豊、伊藤蘭、吉岡竜輝、花田優里音、小栗旬早乙女太一 他

作家・妹尾河童の自伝的小説で、上下巻あわせて340万部を突破するベストセラーを、「ホタル」「鉄道員(ぽっぽや)」の降旗康男監督が映画化。太平洋戦争下という時代に翻弄されながらも、勇気や信念を貫いて生きた家族の激動の20年間を描き、実生活でも夫婦の水谷豊と伊藤蘭が夫婦役で映画初共演を果たした。昭和初期の神戸。名前のイニシャルから「H(エッチ)」と呼ばれる少年・肇は、好奇心と正義感が強く、厳しい軍事統制下で誰もが口をつぐむ中でも、おかしなことには疑問を呈していく。Hはリベラルな父と博愛精神に溢れる母に見守られ成長し、やがて戦争が終わり15歳になると独り立ちを決意する。

(映画.comより) 』

 先ほど降旗康男らしいまじめ過ぎる作りと書いたとおり、昭和14年戦争直前の不穏な空気を感じさせる時代から、第二次世界大戦への突入、神戸大空襲、終戦、戦後の混乱期と、時系列に従い、均等にエピソードを積み重ねる手堅い手法で構成されている映画です。当然ながらエピソードや登場人物の取捨選択はありますが、概ね原作に忠実と言ってよいでしょう。

 そしてまじめ過ぎるからいけない、というほど出来は悪くありません。平均点はクリアできている良質な映画だと思います。が、逆に言うと面白みには欠ける出来だと思います。

 個人的には小説の中でも一番活き活きと描かれていた、「オトコ姉ちゃん」との交流を中心とした無垢で楽しい小学校時代の描写が少なかったのが少々寂しかったです。
 

 また、今の時代に敢えて映画化するのであれば、井沢元彦あたりをぎゃふんと言わせるくらい、もっと戦争の理不尽さ、悲惨さを深く掘り下げる手法もあったのではないかとも思います。

 そのあたりで一番の問題は、テレ朝のドル箱ドラマ「相棒」シリーズでおなじみの売れっ子、古沢良太池頼広あたりを上手く使いこなせていない点ですね。才気煥発な古沢良太に脚本を依頼してこの平凡さはどうよ、という落胆もありましたし、池頼広の音楽は正直なところオーソドックス過ぎるのにしゃばり過ぎてうるさく感じてしまいました。

 俳優陣は手堅いところをそろえてまずまずだったと思います。水谷豊はまあ「相棒」シリーズですっかりテレ朝の顔になってしまいましたから順当なキャスティングだと思いますが、奥さんの蘭ちゃんまで起用するのはちょっとどうかな、と思いました。

 というか、えっ、これがキャンディーズの蘭ちゃん!?と私たちの世代にはちょっとショッキングなくらい普通のおばさんになっちゃいましたね。演技は手堅くまとまっていましたが、さすがに故田中好子さんのようなインパクトのある演技はできなかったです。俳優としてはやっぱりスーちゃんの方が圧倒的に素晴らしかったと思います。

 まあそれはそれとしてこういう映画は子役が肝ですが、主演の吉岡竜輝は頑張っていたと思います。しかし、さすがに一番の成長期である11~16歳あたりを一人で演じさせるのはかわいそうです。無理せずに二人に分けるべきだったと思います。

 その他では、うどん屋の兄ちゃんでアカで公安につかまってしまう小栗旬が印象に残りました。それほど登場場面は多くないのですがさすがに上手いし、存在感がありますね。

 期待していたおとこ姉ちゃんの早乙女太一は出番が少なくて残念でした。ついでに言うと、原作で彼が勤めていた映画館は私の学生時代まで残っていて、私も近くに住んでいたのでよく利用していました。その映画館がワンシーンも登場せず、少々がっかりでした。

 というわけで平均点はクリアしている良質な社会派映画だとは思いますが、「凡庸」という批判は免れ得ないかな、というのが個人的な感想でした。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)