ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ジヴェルニーの食卓 / 原田マハ

ジヴェルニーの食卓
  原田マハの短編集「ジヴェルニーの食卓」です。彼女はキュレーターの資格を持ち美術関係に造詣が深く、以前拙ブログでも取り上げた、「楽園のカンヴァス」は高い評価を得て山本周五郎賞を受賞しました。
 そして本作も表カバーのモネの「睡蓮」を見れば一目瞭然ですが、美術関係の小説集で、主に印象派の画家を取り上げた四編が収録されています。そして今回本作は直木賞にノミネートされました、おめでとうございます。

 どの作品にも作者の画家への尊敬と愛情が溢れんばかりに描かれており、それが時には鼻につくほどではありますが、面白く読めました。そして鮮やかな色彩感、光、風、薫り等、五感に訴えかけてくる描写が見事でした。

 ところでAMAZONのレビューを読みますと、電子書籍版には作品の画像がたくさん収録されているそうです。通常書籍には画像は一切なく、これは不公平だなあと思う一方、Kindleもいいかも、という誘惑にも駆られます。まあ、今の時代、ネットで調べれば大抵の作品は検索できますが、こういうサービスが電子書籍版にあるのは魅力ですね。

 というわけで、今回取り上げられたどの画家も死後70年以上は経過しており、パブリックドメインとなっていると思われますので、ネットから画像を拾ってみました。

『 「 この世に生を受けたすべてのものが放つ喜びを愛する人間。それが、アンリ・マティスという芸術家なのです」(うつくしい墓)。

「これを、次の印象派展に?」ドガは黙ってうなずいた。「闘いなんだよ。私の。――そして、あの子の」(エトワール)。

ポール・セザンヌは誰にも似ていない。ほんとうに特別なんです。いつか必ず、世間が彼に追いつく日がくる」(タンギー爺さん)。

「太陽が、この世界を照らし続ける限り。モネという画家は、描き続けるはずだ。呼吸し、命に満ちあふれる風景を」(ジヴェルニーの食卓)。

モネ、マティスドガセザンヌ。時に異端視され、時に嘲笑されながらも新時代を切り拓いた四人の美の巨匠たちが、今、鮮やかに蘇る。語り手は、彼らの人生と交わった女性たち。助手、ライバル、画材屋の娘、義理の娘――彼女たちが目にした、美と愛を求める闘いとは。『楽園のカンヴァス』で注目を集める著者が贈る、珠玉のアートストーリー四編。

AMAZON解説より)」 』

第一話: 「うつくしい墓」

Lifewithamagnolia
マグノリアのある静物アンリ・マティス

 ニースのホテルで暮らす晩年のアンリ・マティスのもとへ、マグノリアの花に関する突飛な言動がもとで奉公することになったメイドが後年「ル・フィガロ」のインタビューにこたえる形式で書かれた物語。
 美術に興味のあるメイドの思い出として語られる晩年のアンリ・マティス、彼の度量の大きさと魅力が余すところ無く描かれています。その「チェロのような声」までも。そしてパブロ・ピカソマティスに対する死後も変わらぬ尊敬の念をマグノリアの花に託した設定も上手い。
 そしてまばゆい光や海の香りを運ぶ風、咲き誇る花など、南仏ニースの魅力的な自然描写もこの小編の大きな魅力です。
 作者のインタビューを読みますと、実はこの作品の成立は「楽園のカンヴァス」より早く、彼女の美術関係の小説を書く試金石となったとのこと。このインタビュー、とても興味深いので彼女のファンは是非お読みください。

第二話: 「エトワール」

Letoile
(14歳の小さな踊り子、エドガー・ドガ)

 老年のアメリカ人女流画家メアリー・カサットが回顧する、エドガー・ドガの真実。偏執的にオペラ座の「踊り子」たちをモデルとして描き続けた彼の真の目的とは何だったのか。そして彼が生涯でただ一作だけ作成した彫刻のモデルとなった14歳の踊り子がカサットに語ったオペラ座に入ってくる少女たちの悲しい現実。双方が胸を打つ、哀しみに満ちているけれど美しい物語。

第三話: 「タンギー爺さん」

Tanguy
タンギー爺さん、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 四話中で最も魅力的な人物である画材屋のタンギー爺さん。その娘がポール・セザンヌに宛てた手紙で構成された物語。印象派の貧乏画家たちを、商売っ気全く抜きで愛し続けたタンギー爺さんに苦労させられる娘、という絶妙な距離感で語られるセザンヌセザンヌが描いたいびつな形の林檎がやがて世界を変えると信じ続けた爺さんが正しかったのか、彼に未来はないと断定する旧友にして既に人気作家であったエミール・ゾラのどちらが正しかったのか?それは歴史が証明していますが、当時の現実はそれほど甘くはありませんでした。それでもタンギー爺さんは幸せに死んだのではなかったか、と思わせる原田マハの暖かい視線が印象的な物語でした。

 また、ポンプに補充して使用されていた絵の具が、錫のチューブになった事により画家が暗い室内のアトリエから開放され、戸外に出て描くことができるようになった、という記述には、成る程印象派の成り立ちにはそういう画材の進歩も関与していたのかと勉強になりました。

第四話: 「ジヴェルニーの食卓」

Photo
七面鳥クロード・モネ

 トリはやはりクロード・モネ。日本で最も愛されている画家、そして日本文化を愛し続けた画家。彼の「睡蓮」に至るまでの波乱に満ちた数十年を、傍で支え続けた義娘のブランシュの視点で描いています。彼を支持し続けた政治家クレマンソーも魅力的に描かれています。掉尾を飾るに相応しい力作です。ここは作者自身の言葉を引用しておきましょう。

「執筆中、何度も胸がいっぱいになりました。自分の苦しみをそのまま表現にぶつける画家もいますが、印象派はそうではなかった。モネは「睡蓮」に至るまでの数十年の苦しみをすべてカンヴァスの底に沈殿させて、澄んで美しいものだけを描いて、死んでいった。モネの生き方を知ってから「睡蓮」を見ると、深さや美しさがより一層、心に染み入るのではないかと思いますね。」

 ちなみにブランシュも幼い頃よりモネの制作過程を見続け、知らず知らずのうちに薫陶を受け、モネ風の素晴らしい絵を描いています。

ジヴェルニーの庭、バラの小道、ブランシュ・オシュデ=モネ

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