ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

かぞくのくに

かぞくのくに [DVD]
  昨年度の第86回キネマ旬報ベストテン邦画第一位にランクされた「かぞくのくに」が早くもDVDになりました。早速観ましたが、今も挑発を続けて国際社会から孤立しているかの国を扱った映画だけに重苦しい空気が全体を支配しておりました。在日二世ヤン・ヨンヒ監督の実体験に基づく映画ということですが、書けるぎりぎりの脚本の中で静かに重くストーリーが進む、じわっと後に尾を引きそうな映画でした。

『2012年 日本映画 配給 スターサンズ

監督、原案、脚本: ヤン・ヨンヒ
企画: 河村光庸
音楽: 岩代太郎

キャスト
安藤サクラ井浦新、ヤン・イクチュン、京野ことみ、大森立嗣、村上淳、省吾、諏訪太朗宮崎美子津嘉山正種

兄が帰って来た。父が楽園と信じたあの国から。病気治療のために3ヶ月間だけ許された帰国には見知らぬ男が監視役として同行していた。微妙な空気に包まれる25年ぶりの家族団欒。奇跡的な再会を喜ぶかつての級友たち。一方、治療のための検査結果は芳しくなく、3ヶ月では責任を持って治療できないと告げられてしまう。必死で解決策を探す家族だったが、そんな矢先、本国から「明日 帰国するように」との電話が来るのであった…

(映画.com、AMAON解説等より)』

 25年前「帰国事業」として父がかの国へ送り出した兄が、かの地では治療できない脳腫瘍を患い、家族が手を尽くした結果ようやく帰国します。しかし喜びの再会にも、兄はどこか淡々としており、言葉数も少ない。その理由は同窓会で友人が語ってくれますが、帰国すれば「総括」と称して誰と何を話したか執拗に詮索される為なのです。そんな兄がようやく重い口を開き、妹に相談を持ちかけるのですが、その内容がまた酷い。なんと妹に工作員になる気はないかと問うのです。もちろん兄自身の意思ではなく、上からの命令です。そして、三ヶ月という治療期間があるはずなのに、突然の変更で治療する間もなく帰国指令が入る。

 おそらくは在日の家族の要請にかこつけて、工作員獲得工作のためだけに送り込んだのでしょう。人権無視もはなはだしい何という横暴な国なのか、と呆れてしまいますが、そんな国で25年間暮らしてきた兄は唯々諾々と従います。かの国ではそうでなくては生きていけない、思考停止しなければいきていけないからだと、映画中盤で兄が妹に語る場面は印象的です。

 映画はそのような理不尽を描いていきますが、だからと言ってこの作品が政治的プロパガンダ映画に徹しているかというとそうではなく、家族・親族を描くドラマとなっているところに深みがあります。
 朝鮮総連の上層部でかの国の思想を信じる頑固な父、ひたすら息子を案じ続ける母、日本で育ち日本の常識の中で生きてきた妹、今でも「帰国」を引き止めなかった事を後悔している叔父、それぞれの思いが痛いほど胸に突き刺さってきます。そしてその思いを受け止めつつもかの国の指示に従わざるを得ない、そして自身の病気が治療できず余命を悟る兄の胸中も察して余りあります。

 この家族を演じた安藤サクラ(妹)井浦(兄)宮崎美子(母)津嘉山正種(父)の演技は見事でした。女性が動、男性が静という際立った特徴がありましたが、特に

 ・妹が兄に工作員の話をもちかけられて激しい怒りと困惑にとらわれる場面
 ・盗み聞きしていた父が翌日兄に「私もお前の立場事情はわかるが」と切り出した途端、兄が「何が分かるというんだ!」と初めて激情を父にぶつける場面
 ・母が息子のためにと少しずつ貯金していたお金を全て取り出して買い物に出かけたその内容が明らかになる場面
 ・別れのシーン。複雑な思いを抱きながらも深々と父に頭を下げる兄。車に乗った兄の手を放そうとしない妹。振りほどこうとして逆に手を離し難くなる兄。
 ・そしてその後、車の後部座席に座る兄が少し窓を開けて風切り音で聞き取れない程度の声で歌う「白いブランコ」

などはとても印象的でした。なかでも妹を演じた安藤サクラの演技は出色。理不尽で残酷な現実に直面して戸惑い抗いながらも、兄を心配し思い続ける妹の切ない思いと意志の強さを顔の表情、しぐさ、台詞回し全てで表現してみせました。

 そしてもう一人、監視役のヤン・イクチュン。「あなたの国なんて大嫌い!」と激情をぶつける安藤サクラに対して「その国で生きていくんです。死ぬまで」と返す言葉の重み。コーヒーに砂糖を山盛り三倍も入れてその上ミルクを溢れるほど入れてぐいっと飲むシーンの悲しいユーモア。(かの国ではコーヒーなど不味くてこうでもしなければ飲めないらしいです)そして宮崎美子演じる母からの思いもかけぬプレゼントと伝言に戸惑いつつも感謝の念を抱く抑制の効いた演技。見事でした。

 もちろん彼等の名演を引き出したヤン・ヨンヒ監督の演出も称賛に値します。淡々とした進行の中で上記のような深い印象を与えるシーンを手際よく散りばめていました。惜しむらくはこれといったストーリーの抑揚に乏しく、静かで重い分だけ退屈を感じる面もありました。あくまでもインディペンデントの低予算のなかでよくやった、と評価するべきでしょう。その他、岩代太郎の音楽も淡々と進むストーリーにマッチしていてよかったと思います。

 ラストシーン、兄が高価すぎて諦めたスーツケースを購入し決然とどこかへ向かう妹。「お前はいろんな国へ行け」という兄の言葉を実践しようと決めたのか、それとも。。。安易に答えを提示せず、深い余韻を残すエンディングでした。

評価: C: 佳作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)