ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ(DVD2枚組)
 おそらくは去年最も話題になった映画の一つで、昨年度の日本アカデミー賞最優秀作品賞最優秀監督賞等数々の賞に輝いた、「桐島、部活やめるってよ」をようやく観ることができました。
 保守的な日本アカデミー賞もこういう映画を評価するようになったか、と感心しておりましたが、最初に日テレ放送網(=日本アカデミー賞の放送局)の製作と知り、なんだそういうことかい、といきなり肩透かしを喰らってしまいましたが、なかなかどうして、とても良く出来た映画でした。映画好きをにやりとさせる構成、編集、脚本、そして何より神木隆之介をはじめとする若手俳優陣の熱演が好もしかったです。

『 2012年 日本映画 配給:ショウゲート

企画製作:日本テレビ放送網

製作: 映画「桐島、部活やめるってよ」製作委員会

スタッフ
監督: 吉田大八

原作: 「桐島、部活やめるってよ朝井リョウ

脚本: 喜安浩平、吉田大八

キャスト
神木隆之介橋本愛東出昌大、清水くるみ、山本美月松岡茉優、落合モトキ、浅香航大前野朋哉、高橋周平、鈴木伸之、榎本功、藤井武美岩井秀人奥村知史、太賀、大後寿々花 他

 ありふれた時間が校舎に流れる「金曜日」の放課後。1つだけ昨日までと違ったのは、学校内の誰もが認める“スター"桐島の退部のニュースが校内を駆け巡ったこと。彼女さえも連絡がとれずその理由を知らされぬまま、退部に大きな影響を受けるバレーボール部の部員たちはもちろんのこと、桐島と同様に学校内ヒエラルキーの“上"に属する生徒たち、そして直接的には桐島と関係のない“下"に属する生徒まで、 あらゆる部活、クラスの人間関係が静かに変化していく。

 校内の人間関係に緊張感が張りつめる中、桐島に一番遠い存在だった“下"に属する映画部前田が動きだし、物語は思わぬ方向へ展開していく。

AMAZON解説より)』

 この映画、凡百の映画と異なり、前半が異様に面白い。一定の時間・一定の場所を視点を変えて何度も繰り返し見せることに映画前半を費やしているのですね。
 ある田舎町の高校(ロケは高知県)のありふれた金曜日の放課後に突然降って湧いたように駆け巡る、校内のスターにしてバレー部キャプテンの桐島の退部の噂。その噂を巡って広がる波紋。
 この金曜日の放課後という一定の時間の校内模様を視点を変えて何度も描くことにより、校内の人間関係のヒエラルキーや双方向あるいは一方向の恋愛関係を提示しつつ、突然「スター」不在となった世界に不穏な空気がさざなみのように広がっていく様を実に上手く活写しております。

 このような手法は主人公の一人、神木隆之介君が演じるヒエラルキー底辺の映画部部長涼也が大好きなクエンティン・タランティーノの「レザボア・ドッグス」や巨匠スタンリー・キューブリックの「現金に手を出すな」で効果的に用いられた手法です。涼也が好きということはとりもなおさず吉田大八監督自身の嗜好なんでしょうけれども、それを学園ドラマに持ち込んだ慧眼に感服しました。

 ちなみにもう一つの監督の嗜好はホラー・スプラッター映画のようで、原作にはないジョージ・A・ロメロの「ゾンビ(Dawn of the Dead)」塚本晋也の「鉄男」が取り上げられています。なにしろ顧問の先生の却下にもめげず涼也が撮り続ける映画が「生徒会・オブ・ザ・デッド」、題名が秀逸ですねえ。そして高嶺の花で片想いの中学時代からの同級生かすみが同じ映画を観ていたと知って涼也が嬉しさを隠せない、その映画がなんと塚本晋也の怪作「鉄男」。その映画の中の股間にドリルのシーンは、植物系男子に見える涼也の隠れた「性欲」を象徴なんでしょう。原作では涼也の好みは岩井俊二作品なのですが、もっと下世話で露骨な分だけインパクトがありますね。

  閑話休題、何度も繰り返された金曜日が終わると、ストーリーは堰を切ったように流れはじめ、火曜日の校舎屋上での映画部(底辺)の反乱(?)へとなだれ込んでいきます。路傍の石程度にしか思われていない映画部の意地の反撃は現実にはあっけなく鎮圧されてしまうのですが、涼也のファインダー越しの妄想の世界では憧れのかすみも含めて皆がゾンビの攻撃の前に斃れていきます。残虐で恐ろしいシーンではあるのですが、8mmの粗い粒子の映像は不思議と美しい。訳あってバックで流れるワグナーの「ローエングリン・エルザの大聖堂への行列」の吹奏楽部の演奏も不思議とマッチしていてその空想映画シーンを盛り上げています。この映画最大の見所です。

 では映画部の反抗は全く無駄だったのかというと、まあ殆どそうなのですが、それでも主要登場人物二人、かすみ宏樹の心に何がしかの変化をもたらします。特に桐島に一番近い存在でありながら心に何か空虚なものを抱えて生きている宏樹が涼也にカメラのファインダーでなめられながら「かっこいいね」と言われ、涙を流して否定するシーンは印象的。本当にかっこいいのは桐島に振り回されている自分たちではなく、傍目には馬鹿馬鹿しく見えることにでも熱中できる涼也たちなのだと気づいた宏樹は、ラストシーンで野球部の練習を眺めながら、そしてやっぱり桐島に携帯をかけながら、何を思ったのか?その結果は提示されずタイトルロール「桐島、部活やめるってよ」によって唐突にこの物語は終りを告げます。心憎い演出でした。

 さて、吉田大八監督の演出に応える若手俳優陣も見事でした。DVDの特典映像では「エチュード」という俳優の自主性による集団演技練習法を見る事ができます。これはなかなか面白く見る事ができますが、確かにこれにより成長した俳優もいるだろうなと思われます。

 とは言え、始めから頭抜けた存在であったろうと思われるのが、映画オタク涼也を演じた神木隆之介君。子役出身でもうベテランといっていいかもしれませんが、背は低くても大きく成長したことを演技で示して見せました。
 顧問の先生にロメロの「ゾンビ」の素晴らしさを熱く語って呆れられるシーン、授業中に古文の教科書で隠しつつ絵コンテ描きに精を出すシーン、体育のサッカーのチーム分けで最後まで選ばれず、案の定試合中もへまを繰り返すシーン、あまりのオーラのなさから帰宅女子部のナイショ話を聞かされてしまうシーン、それでも映画のことになると副部長と一緒に愛読誌について盛り上がって生意気言ってしまうシーン、どれもこれも監督の思い入れに応えた秀逸な演技でした。

 そしてアカデミー賞新人賞にも選ばれたかすみ役の橋本愛の美貌と宏樹役の東出昌大のオーラの凄さ。大した新人を監督も見つけ出してきたものです。
 一方オーラの無い役どころでは演技力が必要とされますが、宏樹に恋焦がれる吹奏楽部長沢島役の大後寿々花、桐島の穴を埋められず悩むバレー部リベロ風助役の太賀が光っていました。

 以上殆どのシーンを学校内に固定しその中で実験的な映像構成を試みた革新的な学園ドラマであったと思います。その奇抜さゆえに好き嫌いははっきり分かれそうですし、内容は大したことないよ、と白ける向きもあるかもしれませんが、その独創的な作風に私は好感が持てました。秀作と評価したいと思います。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)