ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

東京家族

Toukyoukazoku
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 名匠山田洋次監督の最新作で、巨匠小津安二郎監督の「東京物語」(1953)へのオマージュとして製作された「東京家族」が先日封切になりましたので、早速観てまいりました。
 「東京物語」といえば、日本のみならず世界が絶賛する傑作で、世界の映画関係者が選ぶベスト10などの企画では必ず上位にランク入りしています。家族という普遍性のあるテーマと「ローアングル」に代表される独特の様式美などが国、人種、世代を超えて評価されているのだろうと思います。
 個人的には以前ご紹介した洋書「Man In The Dark」の中でポール・オースターが独特の評論をこの映画に加えていたことが印象に残っています。傑作と呼ばれる映画は必ずといっていいほどなにかの「物」によってテーマを象徴させるという持論で、「東京物語」では義父(笠智衆)から次男の未亡人(原節子)に与えられる、急逝した義母の形見の「時計」がそれに相当する、という主張でした。
 前置きが長くなりましたが、1950年代を現在に置き換えたこの作品、山田洋次監督らしい安定感のある堅実な家族劇であるとともに、小津監督への思いがよく伝わってくる、良い映画であったと思います。

『 2012年製作 日本映画 配給:松竹

監督: 山田洋次
脚本: 山田洋次 平松恵美子
撮影: 近森眞史
美術: 出川三男

キャスト
橋爪功吉行和子、西村雅彦、夏川結衣中嶋朋子林家正蔵妻夫木聡蒼井優 他

男はつらいよ」「学校」シリーズの山田洋次81本目の監督作。映画監督生活50周年を機に、名匠・小津安二郎の「東京物語」(1953)にオマージュをささげた家族ドラマ。瀬戸内海の小さな島に暮らす平山周吉と妻のとみこは、子どもたちに会うために東京へやってくる。品川駅に迎えにくるはずの次男・昌次は間違って東京駅に行ってしまい、周平はタクシーを拾って、一足先に郊外で開業医を営む長男・幸一の家にたどり着く。すれ違った周平も遅れてやってきて家族が集い、そろって食卓を囲む。「東京物語」の舞台を現代に移し、老夫婦と子どもたちの姿を通じて、家族の絆と喪失、夫婦や親子、老いや死についての問いかけを描く。(映画.comより)』

 冒頭の泰然自若とした富士山を背景にした「松竹」のロゴは小津監督以来連綿と続く松竹の伝統を感じさせます。何故か久しぶりに見たような気がしますが、山田監督にしてみれば、この映画の主旨からしてこのオープニング・テーマは絶対に外せなかったのでしょう。

 肝心の映画内容も、忠実に「東京物語」を踏襲しており、オマージュというよりも、実質的には1950年代を現在に置き換えたリメイク作品だと思います。地方から出てきた両親と東京に住む長男、長女家族、次男(原作では戦死)の恋人(原作では未亡人)という家族構成、登場人物の名前などほぼ原作に準じています。
 ストーリーにしても然りで、地方から出てきた老夫婦の都会への戸惑い、せわしない生活の中で両親を迎えなければいけない子供家族が抱く疎ましさ、それを肌で感じても表に出せない両親の寂しさ、そして急逝する母(亡くなる場所は違いますが)とその後の顛末、そして先ほど述べた形見分けなど、山田洋次監督らしい生真面目ささえ感じるほど忠実に踏襲しています。

 また、「次男の戦死」という原作当時の世相は、一昨年起きた「東日本大震災」に置き換えられて本作に取り込まれています。資料によりますと、山田監督は大震災の発生を受けて、経済的損失を覚悟の上で制作の延期と脚本の見直しを決断したそうです。
 個人的には次男(妻夫木聡)が母親(吉行和子)に見せる南相馬でのボランティアの写真などはあまりにもうそ臭くて、わざわざセットを組んで写真をとる必要があったのかなと思いましたが、「東京物語」のように後世まで伝えるためには必要なものであったのかもしれません。

 さて、山田洋次監督の演出ですが、いつもながらの質の高さで、全編を通した安定感はさすがの一言に尽きます。それが却って鼻につくこともあるのですが、今回は彼を凌ぐ巨匠小津安二郎監督へのオマージュということで、両巨匠を比較する楽しみがあり、今回はあまり気になりませんでした。

 例えばローアングルのフレーム構成、セットやロケの隅々までこだわりぬいた静の映像美、徹底した演技指導などが小津映画の特徴とされていますが、山田監督も今回それを強く意識していたように思われます。
 その一つとして感じたのが、やや不自然なほどにはっきりゆっくり発音される台詞回し。特に長男役の西村雅彦の台詞などは旧作の時代のしゃべり方そっくりで、おそらく山田監督がかなりこだわっていたのではないかと思われます。
 先日「わが母の記」のレビューで、最近の映画の台詞は自然さを意識して早口になったりぼそぼそとしゃべったりで聞き取りにくいことが多い、と苦言を呈していたものにとってはとても好もしく思われました。

 その他気がついたところでは、舞台美術のバイトをしている次男の部屋に張ってあった横尾忠則のポスターが、以前ご紹介したように彼が追求し続けているテーマである「Y字路」であったり(クレジットで横尾氏自身が監修していると知り納得しました)、吉行和子の着ていた大島絣が大変良いもので長女が形見分けで欲しいというのも頷けるものであったり(これは家内の受け売りです)、歌舞伎の鏡獅子を演じているのが本物の中村勘九郎であったり、ともかく細部までこだわりぬいた作りこみには脱帽です。また、音楽も久石譲というテッパンの作曲家を起用、冒頭部分がショパンの「別れの曲」に似たテーマ曲は物語に深い余韻を与えています。

 さて、俳優陣も監督の演技指導に良く応えています。というか、応えられる人を厳選して選んだ破綻のありえないキャスティングなのですけれど。そんな中で爽やかな新風を吹き込んでいたのが次男役の妻夫木聡とその恋人役のの蒼井優
 妻夫木聡は「悪人」以降のレベルアップした演技力を買われての起用だと推測します。女々しいやつ、と父に疎んじられながら育ったコンプレックスと反感を抱き、アルバイトで食いつなぐ不安定な経済状況を両親に問い詰められて辟易していても、結局一番かいがいしく両親の世話をする次男役を好演していました。
 一方の蒼井優は「おとうと」での好演が認められての再起用だと思います。恋人の母に

良い感じの人ね」(この吉行和子の嬉しそうな台詞回し、とても良かったです)

と言わしめる、次男には過ぎたよく出来た優しい女性という役どころを好演しています。義母が亡くなったときの涙、頑固で無口な義父から最後に感謝とねぎらいの言葉をかけられた時の涙、それぞれに胸に迫るものがあり、手前味噌ながら日頃から天才蒼井優と拙ブログで宣伝してきた私には嬉しい好演でありました。

 細かい内容についてはまだ公開されたばかりなので伏せますが、笑いどころ、泣き所のツボをおさえた堅実な作りは山田監督ならでは。安心して泣き笑いしながら、小津監督の時代から変わることのない、日本人の持つ家族の絆の不変性についても思いを馳せる事ができました。そのあたり、この手の映画には厳しい「超映画批評」の前田有一が珍しくこんな風に絶賛しています。

『つくづくこの物語が優れていると思うのは、時代の要請で登場したアメリカのホームドラマの数々と異なり、何十年の時を経ても色あせない主題の普遍性である。ここで描かれる日本の風景じたいは、必ずしもリアルというわけではない。むしろ少々非現実的、ファンタジックな印象すら受けるが、それでも登場人物たちの心情や行動には共感できるし、それはまぎれもなく日本らしさの塊そのものである。それでいて、どの国の人にも愛されるだけのわかりやすい魅力がある。

家族の本質とは、増えてゆくもの=未来へのつながりであり、それが今を生き、いつか去らねばならぬ人間の心に安心をもたらす。そして、いつになっても家族からは新しい発見と感動を得ることがある。それは、長年付き添った者の死の時でさえ、そうである。それを知る大人の観客たちは、ある人物が「君はここにいていいんだ」と叫ぶとき、涙を誘われる。』

 久しぶりに見る前田有一入魂の文章です。特に

君はここにいていいんだ

という台詞には同感です。どこで出てくるか、楽しみに見ていただきたいと思います。

 もちろん監督は、変わらないものだけを描きたかったのではありません。前述したように東日本大震災の導入、古い世代の象徴である橋爪功

「この国はいつからこんな風に変わってしまったんじゃ」

「この先、厳しい時代が待っているじゃろうが、どうかどうか息子をよろしくお願いします」

といった台詞等に、監督の現状認識と次の世代に託す強いメッセージがこめられていると思います。

 最後は橋爪功が誰もいなくなった実家の畳の上で足の爪を切るシーンという見事な「東京物語」へのオマージュで幕を閉じます。そしてエンドロールの最後には

「この作品を小津安二郎監督に捧げる」

とのクレジットが入ります。脱帽の出来栄えです。確かに前田有一が言うように今回描かれる日本の情景は完全にリアルではありませんし、吉行和子演じる「老いた」母の年齢が68歳というのは少々非現実的でここ半世紀の日本人の健康状態の変化を如実に感じたりもします。それでも家族愛という普遍性のあるテーマを描ききったこの映画は時代を超える輝きを放っていると思いますし、またあらためて「東京物語」の素晴らしさを再認識させられました。本年も始まったばかりですが、このような秀作がいきなり公開されたのは嬉しい限りです。

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)