ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

最強のふたり

Intouchbles
  昨年末に大変評判になっていたフランス発のコメディ「最強のふたり」を、シネリーブル神戸での公開最終日に何とか滑り込みセーフで観てきました。最終日なのでがらがらだろうと高をくくっていたのですが、小さい小屋ながら席の半分は埋まっているという盛況でした。
 終始笑いが絶えない、面白いコメディでしたが、正直なところ後味はあまりすっきりしたものではなく、かつ時間が経つにつれ段々と腹が立ってくる、というなかなか難しい映画ではありました。唯一音楽のセンスがよく、それが頚髄損傷や人種差別といった棘のある問題をうまくオブラートに包んでくれていました。

『 2011年 フランス映画 配給 ギャガ 原題 Intouchables

監督 エリック・トレダノ オリビエ・ナカシュ

脚本 エリック・トレダノ オリビエ・ナカシュ

キャスト
フランソワ・クリュゼ、オマール・シードリス オドレイ・フルーロ、アンヌ・ル・ニ

パラグライダーの事故で首から下が麻痺してしまった富豪の男と、介護役として男に雇われた刑務所を出たばかりの黒人青年の交流を、笑いと涙を交えて描く実話がもとのドラマ。まったく共通点のない2人は衝突しあいながらも、やがて互いを受け入れ、友情を育んでいく。2011年・第24回東京国際映画祭で東京サクラグランプリ(最優秀作品賞)と最優秀男優賞をダブル受賞した。(映画.comより)』

 「実話に基づいた映画」であることが売りですが、決して実話に忠実ではないだろうと思います。まず冒頭、フェラーリエンジンを載せた怪物マセラティ・クワトロポルテを介護人の黒人ドリスが助手席に四肢麻痺の白人富豪フィリップを助手席に乗せて暴走させるシーンが登場します。
 その暴走だけでも立派な法律違反で、当然ながらパトカーに捕捉されてしまいますが、何とドリスはフィリップと賭けをし、フィリップは発作を起こした振りをし、まんまと警官たちをだまし、あろう事か救急病院まで車を先導させてしまいます。
 何故ふたりが車を走らせていたのかは映画のラストになってわかりますが、それにしてもやっていい事と悪いことがある。これが実話に基づく物語だというのなら、こんな行為は不謹慎だと思いますし、おそらくは極端な脚色なのだろうと思います。

 そのエピソードのあと、物語は最初に戻り、もともと失業保険金目当てで就職する気のない貧困層黒人が、大富豪の頚髄損傷患者の介護職求人の面接を受けるシーンが始まります。その後の展開は随分無茶なシーンはありますが、テンポの良いコメディとなっており、ラストで冒頭のシーンにつながり、その後のハッピー・エンドに至ります。このあたりの構成、演出、俳優の演技はなかなか秀逸で、確かに評判になるだけのことはあると思います。

 ここで突然話を変えますが、四肢完全麻痺レベルの頚髄損傷患者の介護の想像を絶する大変さは商売柄、骨の髄まで沁みるほどよく知っています。一病棟にこのレベルの患者がもし二人もいたら、看護師の仕事はパンクしてしまうほどです。そして、多くの患者は様々な合併症を併発し、予後は多くの場合不良です。そのような合併症を何とか回避して急性期を乗り切っても、リハビリ病院はなかなか引き取ってくれません。実体験を一つ述べさせていただくなら、一度患者家族の要請で地域で一番大きくてTVにもよく登場する有名なリハビリ病院に紹介した事がありますが、

「入院予約しました。大体六ヶ月待ちと心得てください」

という信じがたい返事をもらった事があります。こんな重度患者を紹介するなという明瞭な嫌がらせであり、暗黙の拒絶でもあります。これが四肢麻痺レベルの脊髄損傷患者の現実です。ちなみに、よくTVでよく取材されるような、元気に頑張っている脊髄損傷患者さんは大抵もっと下の脊髄レベルでの損傷です。

 この映画の主人公は四肢完全麻痺レベルの患者です。それほどの患者でも大富豪であれば自宅で70歳まで生きられる(映画中で医師からそう言われたという台詞あり)ような介護を受けられるのだな、という感慨が一つありました。知性もあり、絵画、音楽、文学等の芸術にも造詣が深い。そして我が儘。介護人は2ヶ月と持たず、次々と変わる。

 これが白人。

 一方の介護人となる青年は当然ながら最下層の人間で、微罪ではあるが前科者。聴く音楽はクール&ザ・ギャングであったり、アース・ウィンド&ファイアであったりして、クラシック音楽などには当然無縁。タバコもマリファナもやる。ろくに教育も受けていないから教養もない。礼儀もわきまえないし、態度も傍若無人

 これが黒人。

 明快過ぎるステレオタイプな設定。というか実話なのだから分かりやすすぎる現実。

 フィリップ(白人大富豪)がドリス(黒人貧困層)を気に入るのは、決して彼が介護人として優れていたからではありません。同情される事、医学的に事細かに管理されることに飽き飽きしていたフィリップが、ドリスの最下層の人間ならではの無学と粗野さ、障害者を障害者とも思わない態度を新鮮に感じたからに過ぎません。
 彼のやることなすことは確かにフィリップの精神状態に好転をもたらしますが、医学的に見て決して好ましいものばかりではありません。
 なかでも彼の下肢の感覚がないことに驚き、熱湯を脛にかけ続けるシーンには呆れて茫然としてしまいました。感覚はなくても熱傷は起こります。あのあとフィリップの下肢は大変なことになっていたはずですが、それは全く描かれません。

 結局露骨な人種差別はなくなっても、格差社会という形で人種差別は厳然として続いている。たまたまドリス一人が白人に気に入られ、そこを抜け出す機会を与えられた、というだけの物語です。実際の介護人はアルジェリア移民だったそうですが、それを黒人に設定変更したのはその方が白人と黒人の友情という単純な良い話に持っていきやすいからでしょう。

 製作国フランスでそのあたりがどう捉えられていたのかはわかりませんが、想像するにジダンの英雄譚と同じように、現実の格差社会を束の間でも忘れられる時間を与えてくれるところが受けたのではないかな、と思います。

 まあ、そんな小難しいことを考えなければしゃれたコメディです。冒頭でも述べたように音楽の使い方が巧いし、ラストシーンでのピアノのBGMは心に沁みるものがあります。
 これからDVD等でごらんになる方は、観たあとはさっさと忘れてしまうのが精神衛生上いいと思います。こうやってブログを書くに当たっていろいろ思い出すと、こういうことになってしまいます(苦笑。

評価: D:イマイチ
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)