ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

ペンギン・ハイウェイ / 森見登美彦

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)
ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)
  久しぶりに読み進めるのが楽しくて仕方がない小説に出会いました。森見登美彦の「ペンギン・ハイウェイ」です。森見登美彦といえば京都モノしか読んだ事がなく、それほど気になる作家ではなかったのですが、書店の新刊文庫本コーナーに平積みされており、その帯に「第31回日本SF大賞受賞」とあり、しかも萩尾望都が絶賛されておられるのに興味をそそられて買ってみました。そして読み進めるに連れ、故レイ・ブラッドベリを髣髴とさせる瑞々しいストーリーと文体に惹き込まれてしまいました。大賞受賞も萩尾望都絶賛も納得です。

 ジャンル分けするとすればジュブナイルSFになると思うのですが、主人公を小学四年生に設定したところが成功の鍵だと思います。主人公アオヤマ君は

「ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力を怠らないので、将来はきっと偉い人になる」

と自信満々なのですが、決して嫌味がなく、諸所でやっぱり小学生だなあと笑わせてくれるます。このあたりのユーモアは森見登美彦の持ち味ですね。特におっぱいについて悩むところなど微笑ましい。彼が特に気になるのがサッパリした性格の歯科医院のお姉さんのおっぱいなのですが、このお姉さんのキャラクタ設定も魅力的です。もちろんおっぱいだけではありません(笑。詳細は読んでみてのお楽しみですが、彼女の「こら少年」といった歯切れのいい物言いが、まじめに受け答えするアオヤマ君との会話に絶妙なリズム感を与えています。

 さて、このアオヤマ君、友達のウチダ君といろいろな研究をしています。途中で同級生の女の子ハマモトさんが合流したり、いじめっ子連中のアオヤマ君曰く「スズキ君帝国」(こういう表現も子供の世界を巧く表現しています)に邪魔されたりしながらも、町に起こる不思議な現象を子供なりに悩みながらも解き明かしていこうとします。。その過程が丁寧に描かれており、子供時代に誰でも経験のあるであろう探検ごっこを思い起こさせ、郷愁を誘います。その色彩感に溢れた描写も楽しみの一つです。

 彼らの研究は最初はいかにもジュブナイル的な「町に突然ペンギンが出現する」といった現象から始まるのですが、森の中の草原に「海」なる不思議な浮かぶ球体が登場した頃から非現実性は顕著となり、最後には「世界の果て」の出現という大事に物語は進展していきます。作者は子供の視線で丁寧にエピソードを積み重ねていくので、この奇想天外な展開にも意外に説得力があり、最終章の大人を巻き込んだ大事件にそれなりのリアリティを与えています。

 これがどう終息するかは読んでのお楽しみですが、ジュブナイルSF的ファンタジー性は決して損なわれていません。そしてこの事件の収束は、アオヤマ君のお姉さんへの「小学生には難しすぎて上手く表現できない」思いの終わりでもあります。だから、萩尾望都が解説で述べているとおり、「最後のページを読んだとき、アオヤマ君とこの本を抱きしめたくなる」のです。

 とにもかくにも一読をお勧めしたい、森見登美彦が新境地を開いた傑作であると思います。