ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

人生の特等席

Troublewithcurves
(公式HPダウンロード画像)
  クリント・イーストウッド作品に外れ無し、とは度々拙ブログで展開してきた私の持論ですが、最新作「人生の特等席」も前評判も上々で、昨日期待を胸に観てきました。
 とはいうものの一抹の不安もありました。というのは、今回イーストウッドはメガホンを取らず俳優に復帰し、再び昔気質のアメリカの頑固な父親像を演じているからです。拙ブログでも以前レビューした2008年の監督・主演作「グラン・トリノ」で壮絶な最期を演じきり、古き良きアメリカに訣別し、かつ自らの俳優人生に見事に幕を引いてみせたことに深い感銘を受けていたものとしては、今回の俳優復帰に若干の疑問を感じざるを得ませんでした。
 そして悪い予感と言うのは大抵当たるもので、見終わったあとの脱力感は「グラン・トリノ」の深い余韻とは程遠いもので、悪くはないけれど凡庸な作品でした。

『2012年 アメリカ映画 ワーナー・ブラザース映画
原題: Trouble with the Curve

スタッフ
監督: ロバート・ローレンツ
脚本:ランディ・ブラウン 
製作: クリント・イーストウッド ロバート・ローレンツ ミシェル・ワイズラー

キャスト
クリント・イーストウッドエイミー・アダムスジャスティン・ティンバーレイク 他

 大リーグの伝説的なスカウトマンとして知られるガスは、年齢による視力の衰えを隠せず、その手腕に球団フロントが疑問を抱き始める。苦しい立場のガスを、長年離れて暮らしていたひとり娘のミッキーが手助けすることに。父と娘が久々に対じすることにより、秘められた過去と真実が明らかになる(映画comより)』

 クリント・イーストウッド演じるプロ野球メジャーリーグの伝説的スカウトマン・ガスはコンピューターによる選手の実力分析が主流になりつつある現在においても、自分の経験と勘を第一に現場へ足を運ぶ頑固者。とは言えいかに優秀なスカウトマンでも寄る年波には勝てない。ある日目がぼやけ始め、医者から黄斑変性緑内障の疑いがあるから専門医を紹介すると言われるが、ドラフトが間近に迫った大事な時期だからと拒否。不自由な目で危なっかしく車を運転し、全球団注目の強打者を見極めるため田舎のボールタウンへ通う毎日。

 彼は妻の死後独身生活を続けているが、娘が一人いる。演じるのはエイミー・アダムス。女の子なのに名前はミッキー。ミッシェルの略称ではなく父がミッキー・マントルから名づけた。映画の中でジャスティン・ティンバーレイクから「お父さんがヨギ・ベラのファンでなくてよかったね」と茶化されるところなんか笑いを誘う。
 閑話休題、そのミッキーの母親がなくなったのは6歳の時。父は一年中ドサ回りの生活のため、しばらくは連れ回っていたが、程なくして彼女を親戚に預けてしまった。そして学童期に入ってからは寄宿学校に入れられ、成人するまで全く父の顔を見ずに成長する。そして努力の末に弁護士となり、休みなく働き続け弁護士事務所の共同経営者になるまであと一歩のところまで辿り着いている。(ジョン・グリシャムの法廷ものなどを読んだ事があるので、女性でそこまで行く事がいかに大変かは容易に想像できる。)
 そんなわけで思い出は幼い頃の楽しかった父との田舎の球場回りばかり、野球は大好きでメジャーリーグの記録に驚くほど詳しい。その一方で心の奥には父に見捨てられたのは私が悪いせいなのではないか、という心の傷を抱えている。

 これだけのお膳立てをして二人を数日間一緒に旅をさせれば自然とストーリーは見えてきますし、これにガスを恩人と慕い、今はレッドソックスのスカウトマンとなっているジャスティン・ティンバーレイクが絡めば、自然とエイミー・アダムスとのロマンスも差し挟まれます。

 今回監督を任されたのは「マディソン郡の橋」以来17年にわたり、イーストウッドから映画製作を学んだロバート・ローレンツ、その他にも撮影のトム・スターン、美術のジェームズ・J・ムラカミ等の所謂イーストウッドが揃っていますから、気心の知れたイーストウッドの俳優としての活かし方も巧い。映画冒頭、寝起きの小便で「自分の息子」に向かって尿の出が悪いことをぼやかせるところなど、笑わせながらも主人公の老齢をさらっと説明する憎い演出ですし、ご存知ジャズ一辺倒のイーストウッドに「ユー・アー・マイ・サンシャイン」を訥々と歌わせるところなども渋い。もちろん、エイミー、ジャスティンをはじめキャスティングも問題なく、皆好演で80歳を超えたイーストウッドを盛り立てます。逆に言うと、イーストウッドが絡まない、例えばエイミーとジャスティンのロマンスの描き方などはあっさりしていてやや拙い感が否めませんが。

 まあそれはともかく、細かいところまできっちりと配慮された演出はさすがイーストウッド組。往年のクリント・イーストウッドと往年のメジャーリーグの名選手を合成した白黒写真をさりげなく見せるなど小道具にも心配りが行き届いていますし、アメリカの田舎の郷愁を誘うような映像も見事、もちろん主題であるボールパークでの野球シーンもきっちりと見せています。更にはガスが「三等席を巡る人生」と自分を卑下してみせる田舎野球の観客席の雰囲気もよく描かれています。

 ということで、親子愛を描いたヒューマン・ドラマとしても、野球を軸としたロード・ムーヴィとしても、ちゃんとハリウッド映画の水準はクリアしていると思います。

 しかし、全てが予想・想定の範囲内で物語が進行して行き、これまでの幾多のイーストウッド映画を傑作たらしめてきた予想を超えるようなインパクトに欠けています。唯一、父が娘を連れたドサ回りをやめるきっかけとなった事件の真実を語るところあたりが肝であろうと思うのですが、正直なところそれほどのインパクトはない。

 そして一番いけないと思うのは、リアリティのないご都合主義的なラストのどんでん返し。あれでハッピー・エンドで終わってしまうのはドラマとしても良くないし、イーストウッド・ファンとしては「グラン・トリノ」で見せたイーストウッドの乾坤一擲の最後の気概は一体なんだったのかと情けなくなってしまいます。

 ということで、ハリウッド映画としては平均点程度の、イーストウッド映画としては凡庸な作品と言わざるを得ないと思います。イーストウッドロバート・ローレンツを独り立ちさせようとする親心、或いは男意気で買って出た主演だったのかもしれませんが、ファンとしては納得のいくものではなかったのが残念です。

評価: D: イマイチ
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)