ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

黄金を抱いて翔べ

Flywiththegold
(公式HPよりのフリーDL壁紙)
  私の大好きな作家高村薫作品の久々の映画化でずっと楽しみにしていました。作品は彼女のデビュー作「黄金を抱いて翔べ」です。公開初日の昨日早速観てきましたが、予想以上の素晴らしい出来で、今年観た邦画の中では一番面白く、興奮できる映画でした。

『2012年 日本映画、 配給:松竹

監督: 井筒和幸
原作: 高村薫

キャスト: 妻夫木聡浅野忠信桐谷健太溝端淳平チャンミン西田敏行 他

ベストセラー作家・高村薫が1990年に発表し、第3回日本推理サスペンス大賞を受賞したクライム小説を井筒和幸監督、妻夫木聡主演で映画化。過激派や犯罪者相手に調達屋をしてきた幸田(妻夫木聡)は、大学時代からの友人・北川(浅野忠信)から銀行地下にある15億円の金塊強奪計画を持ちかけられる。幸田と北川は、銀行のシステムエンジニア・野田(桐谷健太)、自称留学生のスパイ・モモ(東方神起チャンミン)、北川の弟・春樹(溝端淳平)、元エレベーター技師の爺ちゃん(西田敏行)を仲間に加え、大胆不敵な作戦を決行する(映画.comより)』

 20年以上前の大阪での途方もない金塊強奪作戦と、その周囲に蠢く北朝鮮のスパイ・公安・過激派・暴力組織等々の姿を、大きく変わってしまった今の時代に映画化するのは相当の力技と細心の注意が必要であると思っていました。
 大阪を知り尽くし、暴力シーンにも定評のある井筒和幸監督とは言え、かなり難しいのではないかと思いましたし、TVの情報番組などでよく見かける監督の随分歳をとられた姿、あまりシャープでない言動などを見ているとどうも心もとないなあという印象が拭えませんでした。
 ですから、映画が始まるまでの方がドキドキしていた(笑)のですが、杞憂でした。舞台は現在の日本に置き換えられており、チャンミン演じる元北朝鮮スパイが国の命令を受けて弟の抹殺に来た兄を返り討ちで殺してしまうシーンから早くも映画はヒートアップし、高いテンションを保ったまま次々と緊迫したシーンが続く、息つく暇もない構成でぐいぐいと映画の中の世界へ引き込まれてしまいました。

 井筒監督お得意の暴力・アクションシーンは監督の手腕衰えずといったところで、陰惨なエピソードが次々と出てくるのですが惨たらしさよりむしろ小気味よさを感じてしまうほどです。高村薫女史も映画を観た感想で

「大阪の暴力」が巧く描かれている

と誉めておられます。「大阪の暴力」の説明はちょっと難しいのですが、高村女史の言葉を借りれば、「能書きをたれることなくいきなり相手に頭突きを食らわす」ところなどにその真骨頂が見られます。

 もちろん暴力描写だけでなく、金塊強奪のために集まった、様々な過去を持つ六人の人物・性格描写も丁寧に描かれています。そして何よりキャストの人選が良かったです。
 少年時代の心のトラウマを抱え、学生時代には調達屋の過去を持つ、寡黙だが芯の強い主人公幸田に「悪人」で演技派としての地位を確立した妻夫木聡、豪胆にして細心、度重なるトラブルや家族に降りかかる厄災にもへこたれることなく計画を進めていく北川に近年はハリウッドにまで進出し風格さえ出てきた浅野忠信、完全に「表」の人間(コンピュータ関連会社のサラリーマン)でありながら借金の返済のために仲間に加わる野田に井筒組常連の桐谷健太北朝鮮のスパイで二重スパイの疑いをかけられて追われる爆弾のスペシャリスト・モモに人気グループ東方神起チャンミンギャンブル依存症にしてリストカット癖のある北川の弟に若手ホープ溝端淳平、そしてただの掃除のおっさんに見えてなかなかの曲者の爺さんにこれはもう説明無用の西田敏行、この六人が各々原作の人物がのり移ったかのごとくの演技でこの途方もない物語に見事にリアリティを与えています。特に北川を演じる浅野忠信は入魂の名演技。自ら角刈りにしたという意気込みそのままで豪胆なリーダーを演じきっています。

 原作では幸田とモモに同性愛が芽生えますが、映画ではそれは明らかにされていません。しかし、決行前日にこの二人が襲撃を受け、銃創を負いながら因縁のある教会に逃げ込んだシーンにはぐっと来るものがあります。ネタバレになりますので詳細は述べませんがこの映画の名シーンの一つといえるでしょう。

 青木崇高田口トモロヲ鶴見辰吾等々の脇を固める俳優陣も手堅い演技を見せ、紅一点の北川の妻役の中村ゆりもその儚げな魅力でスクリーンに花を添えています。関西の人間には桂雀々さんがチョイ役で出ていたのも嬉しいサプライズ。

 そして最後の銀行襲撃シーンの迫力とスリルはハリウッドのような大仰なCGなどを使っていないにもかかわらず、息もつかせぬ緊張感に溢れる出色の出来栄え。もちろん原作の綿密なプロットがベースにあるとは言え、邦画の底力を十分に感じ取ることが出来ました。

 さて、この映画のもう一つの主人公は「大阪」という都市。えてして大げさに名所ばかりをロケしがちになりますが、大阪に精通しきった井筒監督は関西人に全く違和感のない大阪を描いています。中の島、ミナミ、吹田などの雰囲気をきっちりと描き分け、ベタな大阪人の雰囲気もさりげなく笑える程度で差し挟んでいます。

 惜しむらくはラスト・シーン。ある程度のネタバレになりますが、無事逃げおおせたはずの北川が、事件現場近くの白昼の中の島で悠長にあんなことをしていてはいかんでしょう。やはり原作に忠実に舞鶴からの密出国で幕を閉じてほしかったと思います。

 とにもかくにも上質のエンタテインメント映画でだれることなく最初から最後まで楽しめる映画です。井筒監督健在、と申し上げておきます。もちろん原作からの改変は相当なされていますので、映画を観て気に入っていただければ是非原作もお読みください。

黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)
黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

評価: B: 秀作
(A: 傑作、B: 秀作、C: 佳作、D: イマイチ、E: トホホ)