ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

カラマーゾフの妹 / 高野史緒

カラマーゾフの妹
 Facebookで友人が紹介していたので早速購入して読んでみました。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の続編を書くという未曾有の難作業に挑み、見事に本年の江戸川乱歩賞を受賞した「カラマーゾフの妹(原題:カラマーゾフの兄妹)」です。著者がプロのSF作家高野史緒さんというところも興味をひきました。

『 話題騒然の本年度江戸川乱歩賞受賞作!!

あの世界文学の金字塔には、真犯人がいる。

世界文学の最高峰として名高い『カラマーゾフの兄弟』には第二部がある。ドストエフスキーはその予告をしながら、ついに書き上げることなく世を去った。
そして今、文豪の残した壮大な謎に緻密な推理で挑む、かつてなく刺激的なミステリーが誕生した。これを読まずに、今年のミステリは語れない。

不可解な「父殺し」から十三年。有名すぎる未解決事件に特別捜査官が挑む。(AMAZON解説より) 』

 一読して、過去の「カラマーゾフの兄弟」の名訳を意識した気品のある文章と、緻密な構成からなる大変読み応えのある作品だと感じました。
 原作を丹念に読み込み、ドストエフスキーがひそかに提示していた手がかりを徹底的に検証し父殺しの「真犯人」をつきとめるミステリーとしての醍醐味、ドストエフスキーが第二部のテーマとして予定していた「皇帝暗殺」に関するSF作家らしい壮大な構想と描写、原作の帝政ロシア時代から13年を経たヨーロッパの最先端の科学や精神医学の進歩を取り込む視野の広さ、等々乱歩賞を受賞するに相応しい力量を示した作品であると思います。
 残念ながら「カラマーゾフの兄弟」で見られた深遠な精神性は影を潜めていますが、これは作者が序文で

「前任者のあの名作と同等の作品を書こうなどと思わなければよいのである」

と開き直っている通り、最初から無理な注文でしょう。

 ではミステリーとして完璧かと問われれば、多少の疑問を呈さざるを得ません。個人的には下記の二点が気になりました。

1: 「カラマーゾフの妹」が父殺しの犯罪に担う役割があまりにも小さい。

 本の題名になっているくらいですから、相当の重要な著者の隠し玉なのだろうと期待しつつ読み進めていったのですが、正直なところがっかりでした。イワンやアレクセイの心の中ではとても重要であることを著者は強調しますが、題名にするほどのことではない、と思ったのはAMAZONのレビューを見ても分かるように、私だけではないようです。

2: アレクセイの扱いがあまりにもひどい。

 カラマーゾフ家の三男で天使的性格の持ち主アリョーシャことアレクセイ。原作の愛読者で彼を嫌いという人はまずいないでしょう。詳細は避けますが彼の性癖や行動の描き方には少々眉をひそめざるを得ませんでした。

 少しネタバレになりますが、次兄イワンも多重人格者として描かれており、これにも反感を持つ人もいるでしょう。しかし、私は個人的にはイワンの描写はとても緻密で興味深いと思いました。が、アレクセイに関して全面的に納得できる人はまずいないのではないでしょうか。原作愛読者から総スカンを食う覚悟であそこまで描いたのなら大した度胸ですね。

 まあそういった不満点もありますが、敢然と世界文学の最高峰に挑んだ勇気とその結果としての質の高い作品を上梓した実力には脱帽です。「カラマーゾフの兄弟」を呼んだことがない方も、その梗概は一節を費やして書かれていますので安心してお読みください。